「マルテンサイト系ステンレス鋼」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
編集の要約なし |
|||
| (2人の利用者による、間の24版が非表示) | |||
1行目:
[[File:Wichard's wooden knife.jpg|thumb|マルテンサイト系ステンレス鋼製品の例。420HC製[[ナイフ]]<ref>{{Cite web |url=http://marine.wichard.com/fiche-A%7CWICHARD%7C10181-0205030000000000-IM.html |title=Aquaterra wooden handle |publisher=Wichard |accessdate=2019-03-10}}</ref>]]
'''マルテンサイト系ステンレス鋼'''（マルテンサイトけいステンレスこう）とは、常温で[[マルテンサイト]]を主要な組織とする[[wikt:組成|組成]]を持つ、[[ステンレス鋼]]の一種である。[[耐食性]]と合わせて高い[[強度]]と[[耐摩耗性]]を持ち、[[刃物]]、[[タービン]]のブレード、[[軸受]]などで使われる。工業材料としてのマルテンサイト系ステンレス鋼は、1913年にイギリスの[[ハリー・ブレアリー]]によって発明された。
マルテンサイト系ステンレス鋼とはステンレス鋼の金属組織別分類の一つで、他には「[[フェライト系ステンレス鋼]]」「[[オーステナイト系ステンレス鋼]]」「[[オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼]]」「[[析出硬化系ステンレス鋼]]」がある{{Sfn|野原|2016|p=16}}<ref name="BSSA_10">{{Cite web |url=http://www.bssa.org.uk/faq.php?id=10 |title=How many types of stainless steel are there? |publisher=British Stainless Steel Association |accessdate=2017-10-15}}</ref>。主要成分として[[クロム]]のみを含むステンレス鋼であるため、主要成分別分類では「クロム系ステンレス鋼」に分類される。マルテンサイト系のクロム含有量は[[質量パーセント濃度]]でおよそ 11 % から 18 % 程度の範囲で、ステンレス鋼の中ではクロム量が比較的少なく、[[炭素]]の含有量が比較的多いという組成となっている。クロム量 13 % 程度含む鋼種がマルテンサイト系の基本的鋼種で、'''13クロムステンレス鋼'''や'''13Cr鋼'''などとして知られる。[[日本工業規格|JIS]]では SUS410 や SUS420J2 が代表的鋼種である。
マルテンサイト組織にするには[[焼入れ]]が必要であり、焼入れされて使用される。一般的には炭素が多いほど硬くなり[[強度]]が上がるが、炭素量を増やすにつれてクロム量も増やす必要がある。焼入れしたままだと[[脆性|脆い]]ので、ほとんどの場合で焼入れ後に[[焼戻し]]がされて使用に供される。[[熱処理]]と組成によるが、マルテンサイト系はステンレス鋼の中でも最高の[[硬さ]]を発現できる。同じく熱処理と組成によるが、マルテンサイト系の耐食性はステンレス鋼の中では劣る部類に入る。
==基本組成と組織==
[[File:Phase diagram of Fe-Cr.svg|thumb|350px|ステンレス鋼の基礎となる鉄・クロム系2元平衡[[状態図]]。{{mvar|γ}} が[[オーステナイト相]]の存在領域、{{mvar|α}} が[[フェライト相]]の存在領域。]]
[[ステンレス鋼]]とは、定義的には[[炭素]]を 1.2 %（[[質量パーセント濃度]]）以下、[[クロム]]を 10.5 % 以上含む鋼である<ref>ISO 15510: 2014, Stainless steels — Chemical composition</ref>{{Sfn|橋本|2007|p=152}}。含有されるクロムにより、ステンレス鋼の耐食性は実現されている{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=3}}。マルテンサイト系ステンレス鋼で含まれるクロムの量は、11 % から 18 % 程度である{{Sfn|橋本|2007|p=154}}。マルテンサイト系の[[wikt:組成|組成]]の特徴は、高温状態で金属組織が、[[オーステナイト]]単一組織、またはオーステナイトを主とする[[フェライト]]とオーステナイトの2相組織となる点である{{Sfn|田中（編）|2010|p=24}}。このような高温状態から急冷して[[焼入れ]]することにより、オーステナイトが[[マルテンサイト変態]]を起こし、組織が[[マルテンサイト]]組織となる{{Sfn|野原|2016|p=51}}。通常は、焼入れ後には[[焼戻し]]を行う。焼戻し後の組織は、[[炭化物]]が[[析出]]した焼戻しマルテンサイト組織となる{{Sfn|田中（編）|2010|p=25}}。組織がオーステナイトになる手前の高温域で[[焼なまし]]した場合は、炭化物が析出した[[フェライト相|フェライト]]組織となる{{Sfn|田中（編）|2010|p=25}}。
[[File:Phase diagram of Fe-Cr-0.2%C.svg|thumb|炭素を 0.2 % 含んだときの鉄・クロム平衡状態図{{Sfn|田中（編）|2010|p=24}}]]
マルテンサイト系の組成の特徴として、ステンレス鋼の中ではクロムの含有量が比較的少なく、[[炭素]]の含有量が比較的多いという特徴を持つ組成となっている<ref name="谷野・鈴木">{{Cite book ja-jp |author=谷野 満・鈴木 茂 |title=鉄鋼材料の科学 : 鉄に凝縮されたテクノロジー |series=材料学シリーズ |publisher=内田老鶴圃 |year=2013 |edition=第3版 |isbn=978-4-7536-5615-8 }}. p. 241</ref>。鉄・クロム系2元[[状態図]]を見ると、クロムの含有量が増えるに連れて高温でのオーステナイト組織領域は狭まり、最終的には消失する{{Sfn|田中（編）|2010|p=24}}。一方、炭素の含有を増やすことで高温域でのオーステナイト組織領域が広がる<ref>{{cite book ja-jp |author=和田 要 |title=スチールの科学 |series=ポピュラーサイエンス |publisher=裳華房 |year=1993 |edition=第1版 |isbn=4-7853-8585-5 }} p. 107.</ref>。マルテンサイトを得るために、マルテンサイト系ではクロム含有量を増やすのに応じて炭素含有量を増やす必要がある{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|p=28}}。マルテンサイト系の炭素含有量は、典型的には 0.1 % から 1 % 程度の範囲である{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=41}}。
クロム 13 %、炭素 0.2 % の組み合わせが、マルテンサイト系ステンレス鋼の基本的な組成とされる<ref name="谷野・鈴木"/>。[[日本工業規格]](JIS)の鋼種では、クロム 11.50–13.00 %、炭素 0.15 % 以下の'''SUS410'''や、クロム 12.00–14.00 %、炭素 0.26–0.40 % の'''SUS420J2'''が代表的鋼種に相当する{{Sfn|野原|2016|p=17}}<ref>{{Cite book ja-jp |author=山方三郎 |title=図解入門 よくわかる最新熱処理技術の基本と仕組み |publisher=秀和システム |year=2010 |edition=第2版 |isbn=978-4-7980-2573-5}}. p. 163</ref>。これらの鋼種は'''13%Cr鋼'''、'''13Cr鋼'''、'''13クロムステンレス鋼'''、'''13クロムステンレス'''、'''13Cr系'''などとも総称される{{Sfnm|大山・森田・吉武|1990|1pp=145–146|ステンレス協会（編）|1995|2p=499|藤井（監修）|2017|3p=175}}<ref>{{Cite journal ja-jp |author = 小林 裕 |year = 2013 |month = 11 |title = ステンレス鋼とは何か |journal = 特殊鋼 |volume = 62 |issue = 6 |url = http://www.tokushuko.or.jp/publication/magazine/pdf/2013/magazine1311.pdf#zoom=60 |format=pdf |publisher = 特殊鋼倶楽部 |pages = 6–7 }}</ref><ref>{{Cite web |url=https://www.daido.co.jp/products/stainless/grade.html |title=マルテンサイト系ステンレス鋼 |publisher=大同特殊鋼 |accessdate=2019-03-12}}</ref>。[[オーステナイト系ステンレス鋼]]のように[[ニッケル]]を主成分として含むステンレス鋼もあるが、マルテンサイト系はニッケルを主成分としては含まない{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=38}}。そのため、ステンレス鋼の主要成分別分類では「クロム系ステンレス鋼」に分類される{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=38}}。マルテンサイト系のおおまかな分類としては、炭素量で分類して、低炭素系、中炭素系、高炭素系と分類することもある{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=497}}。以下の表に工業規格に規定されているマルテンサイト系鋼種の組成の例を示す。
{| class="wikitable"
|+ 低炭素系マルテンサイト系ステンレス鋼種の組成例{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1pp=499–503|ISSF|2017|2pp=43, 45–46}}<ref name="JIS G 4303">JIS G 4303: 2012 ステンレス鋼棒 p. 6</ref>（数値は[[質量パーセント濃度|mass%]]）
! [[工業規格|規格]] !! 材料記号 !! [[炭素|C]] !! [[マンガン|Mn]] !! [[リン|P]] !! [[硫黄|S]] !! [[シリコン|Si]] !! [[クロム|Cr]] !! [[ニッケル|Ni]]
|-
| [[国際標準化機構|ISO]] || X12Cr13 || 0.08–0.15 || 1.50以下 || 0.040以下 || 0.015以下 || 1.00以下 || 11.5–13.5 || 0.75以下
|-
| [[欧州標準化委員会|EN]] || 1.4006 || 0.08–0.15 || 1.50以下 || 0.040以下 || 0.015以下 || 1.00以下 || 11.5–13.5 || 0.75以下
|-
| [[アメリカ鉄鋼協会|AISI]] || 410 || 0.08–0.15 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 11.5–13.5 || -
|-
| [[日本工業規格|JIS]] || SUS410 || 0.15以下 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 11.5–13.5 || -
|}
{| class="wikitable"
|+ 中炭素系マルテンサイト系ステンレス鋼種の組成例{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1pp=499–503|ISSF|2017|2pp=43, 45–46}}<ref name="JIS G 4303"/>
! [[工業規格|規格]] !! 材料記号 !! [[炭素|C]] !! [[マンガン|Mn]] !! [[リン|P]] !! [[硫黄|S]] !! [[シリコン|Si]] !! [[クロム|Cr]] !! [[ニッケル|Ni]]
|-
| [[国際標準化機構|ISO]] || X30Cr13 || 0.26–0.35 || 1.50以下 || 0.040以下 || 0.015以下 || 1.00以下 || 11.5–13.5 || -
|-
| [[欧州標準化委員会|EN]] || 1.4028 || 0.26–0.35 || 1.50以下 || 0.040以下 || 0.015以下 || 1.00以下 || 11.5–13.5 || -
|-
| [[アメリカ鉄鋼協会|AISI]] || 420 || 0.15以上 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 12.0–14.0 || -
|-
| [[日本工業規格|JIS]] || SUS420J2 || 0.26–0.40 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 12.0–14.0 || 0.60以下
|}
{| class="wikitable"
|+ 高炭素系マルテンサイト系ステンレス鋼種の組成例{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1pp=499–503|ISSF|2017|2pp=43, 45–46}}<ref name="JIS G 4303"/><ref>{{cite book |title=Internationaler Stahlvergleich: Deutsch / Englisch |author= Beuth Verlag |url=https://books.google.co.jp/books?id=YUsEDQAAQBAJ&pg |year=2016 |page=590}}</ref>
! [[工業規格|規格]] !! 材料記号 !! [[炭素|C]] !! [[マンガン|Mn]] !! [[リン|P]] !! [[硫黄|S]] !! [[シリコン|Si]] !! [[クロム|Cr]] !! [[ニッケル|Ni]] !! [[モリブデン|Mo]]
|-
| [[国際標準化機構|ISO]] || X110Cr17 || 0.95–1.20 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 16.0–18.0 || 0.60以下 || 0.75以下
|-
| [[欧州標準化委員会|EN]] || 1.4023 || 0.95–1.20 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 16.0–18.0 || 0.60以下 || 0.75以下
|-
| [[アメリカ鉄鋼協会|AISI]] || 440C || 0.95–1.20 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 16.0–18.0 || - || 0.75以下
|-
| [[日本工業規格|JIS]] || SUS440C || 0.95–1.20 || 1.00以下 || 0.040以下 || 0.030以下 || 1.00以下 || 16.0–18.0 || 0.60以下 || 0.75以下
|}
==特性==
===物理的特性===
ステンレス鋼の[[密度]]は鋼種間での差はあまりないが、最も一般的な[[オーステナイト系ステンレス鋼]]よりもマルテンサイト系の密度はやや小さい<ref name="BSSA_10"/>{{Sfnm|橋本|2007|1p=159|野原|2016|2pp=87–89}}。マルテンサイト系の代表鋼種 SUS410 の場合で[[常温]]の密度は 7700 [[キログラム毎立方メートル|kg/m{{sup|3}}]] 程度である{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1427}}。これに対して、[[軟鋼]]の常温密度は 7860 kg/m{{sup|3}} 程度となっている{{Sfn|田中（編）|2010|p=168}}。常温の[[縦弾性係数]]は SUS410 で 200–205 [[パスカル (単位)|GPa]] 程度である{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1p=1427|橋本|2007|2p=163}}。高炭素系の SUS440A などでも常温縦弾性係数はほとんど同じである{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1427}}。
マルテンサイト系の[[磁性]]は、一般の[[鉄鋼]]と同じく[[強磁性]]である{{Sfn|ISSF|2017|p=17}}。最も一般的なステンレス鋼のオーステナイト系は非磁性であり、マルテンサイト系とオーステナイト系の相違点の一つである{{Sfn|ISSF|2017|p=17}}。[[電気抵抗]]は、マルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト系の標準的鋼種{{refnest|group="注"|SUS410とSUS430とSUS304}}で比べるとマルテンサイト系の電気抵抗がもっとも低い{{Sfn|橋本|2007|p=161}}。これは含有される合金元素の量が多いほど抵抗が増えることによる{{Sfn|橋本|2007|p=161}}。SUS410 の場合で、常温の[[比抵抗]]は 57 × 10{{sup|−8}} [[オームメートル|Ω·m]] 程度である{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1427}}。
[[熱伝導率]]も、電気抵抗と同様に合金元素の含有量に関係し、合金元素の含有量が多いほど熱伝導率が低くなる{{Sfn|田中|2010|p=170}}。マルテンサイト系の熱伝導率は[[軟鋼]]の1/3程度で、SUS410 で 25 W/(m·K) 程度である{{Sfnm|田中|2010|1p=170|橋本|2007|2p=160}}。[[熱膨張率]]は結晶構造に依存し、マルテンサイト系の熱膨張率はオーステナイト系より小さい{{Sfn|田中|2010|p=170}}。SUS410 の 0–100 ℃ での[[線膨張係数]]が 10.99 × 10{{sup|−6}} K{{sup|−1}} 程度である{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1427}}。マルテンサイト系の[[比熱]]はフェライト系とほぼ同じで、オーステナイト系よりは小さい{{Sfn|田中|2010|p=169}}。SUS410 の比熱の値が 0–100 ℃ で 0.46 J/(kg·K) 程度である{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1427}}。
密度、縦弾性係数、磁性、比抵抗、熱伝導率、線膨張係数、比熱など、マルテンサイト系の物理的性質は総じて[[フェライト系ステンレス鋼]]と近い<ref>{{Cite web |author=遅沢 浩一郎 |url= http://www.k0906n.sakura.ne.jp/news_code_PDF/48002.pdf |title=腐食センターニュース No. 048 ステンレス鋼の特性と使用上の要点 |publisher=腐食センター |date=2009-01 |accessdate=2019-03-08 |format=pdf}}. p. 8</ref>。
===機械的性質===
マルテンサイト系ステンレス鋼の[[機械的性質]]は、鋼種と熱処理によって広く変動する{{Sfn|橋本|2007|p=164}}。[[硬さ]]は、ステンレス鋼の中でも最高レベルの硬さを得ることができる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=493}}。最も高い強度を得るには、材料全体を完全にマルテンサイト組織にするように焼入れすることが理想的である{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=49}}。炭素量 0.6 % 程度までは、炭素量に正比例して強度が向上する{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=49}}。
[[焼入れ]]直後の状態で最大の硬さとなるが、[[靭性]]を与えるために通常は焼入れの後に[[焼戻し]]を行う{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=497}}。焼入れのみで焼戻ししていない状態では、硬いが[[脆性|脆い]]状態にある{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|p=76}}。焼戻しの加減によって、マルテンサイト系の機械的性質は幅広く変動する{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=43}}。マルテンサイト系に適用する焼戻しには「低温焼戻し」と「高温焼戻し」があり、[[摩耗|耐摩耗性]]を重視する場合に低温焼戻しを行い、靭性を重視する場合に高温焼戻しを行う{{Sfn|野原|2016|p=33}}。マルテンサイト系には、[[フェライト系ステンレス鋼]]と同様に「475℃脆化」の可能性があり、この温度に近い領域で焼戻しすると[[脆化]]が起こる{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|pp=41, 47}}。特に低炭素のマルテンサイト系で475℃脆化による脆化が顕著に表れる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|pp=101–102}}。下記に鋼種と焼戻し温度と機械的性質の例を示す。
{| class="wikitable" style="text-align:center"
|+ マルテンサイト系の機械的性質の例
! [[アメリカ鉄鋼協会|AISI]]鋼種 !! [[焼戻し|焼戻し温度]] !! [[引張り強さ]] !! [[0.2%耐力]] !! [[wikt:のび|伸び]] !! [[ロックウェル硬さ]] !! 出典・注釈
|-
| 410 || 204 ℃ || 1399 MPa || 1076 MPa || 11 % || 43 HRC || <ref name="Penn410">{{Cite web |url=http://www.pennstainless.com/stainless-grades/400-series-stainless/410-stainless-steel/ |title=410 Stainless Steel |publisher=Penn Stainless Products |accessdate=2019-02-26}}</ref>{{refnest|group="注"|name="Nobi"|伸びの値は、<ref name="AZoM410">{{Cite web |url=https://www.azom.com/article.aspx?ArticleID=970 |title=Stainless Steel - Grade 410 (UNS S41000) |publisher=AZoM |accessdate=2019-02-26}}</ref>によった。}}
|-
| 410 || 649 ℃ || 767 MPa || 589 MPa || 29.5 % || 21 HRC || <ref name="Penn410"/>{{refnest|group="注"|name="Henkan1"|硬さは、<ref name="Penn410"/>のロックウェルBスケール硬さ値を、SAE J 417 の硬さ変換表<ref>{{Cite web |url=https://www.nbk1560.com/~/media/PDF/ja-JP/products/pdf/30_Conversion_Table_of_Hardness.ashx?la=ja-JP |title=硬さ変換表 (SAE J 417) 1983年改訂 |publisher=鍋屋バイテック |accessdate=2019-02-26}}</ref>を基にロックウェルCスケール硬さに変換した値を示す。伸びの値は、<ref name="AZoM410"/>によった。}}
|-
| 420 || 204 ℃ || 1600 MPa || 1360 MPa || 12 % || 47 HRC || <ref name="Penn420">{{Cite web |url=http://www.pennstainless.com/stainless-grades/400-series-stainless/420-stainless-steel/ |title=420 Stainless Steel |publisher=Penn Stainless Products |accessdate=2019-02-26}}</ref>{{refnest|group="注"|name="Henkan2"|硬さは、<ref name="Penn420"/>の[[ブリネル硬さ]]値を、SAE J 417 の硬さ変換表<ref>{{Cite web |url=https://www.nbk1560.com/~/media/PDF/ja-JP/products/pdf/30_Conversion_Table_of_Hardness.ashx?la=ja-JP |title=硬さ変換表 (SAE J 417) 1983年改訂 |publisher=鍋屋バイテック |accessdate=2019-02-26}}</ref>を基にロックウェルCスケール硬さに変換した値を示す。}}
|-
| 420 || 650 ℃ || 895 MPa || 680 MPa || 20 % || 27 HRC || <ref name="Penn420"/><ref group="注" name="Henkan2"/>
|-
| 440C || 204 ℃ || 2030 MPa || 1900 MPa || 4 % || 59 HRC || <ref name="Penn440C">{{Cite web |url=http://www.pennstainless.com/stainless-grades/400-series-stainless/440c-stainless-steel/ |title=440C Stainless Steel |publisher=Penn Stainless Products |accessdate=2019-02-26}}</ref>
|-
| 440C || 371 ℃ || 1790 MPa || 1660 MPa || 4 % || 56 HRC || <ref name="Penn440C"/>
|}
フェライト系ステンレス鋼と同様に、低温で[[脆化]]する低温脆性の傾向を持つ{{Sfn|橋本|2007|p=180}}。高温域では、フェライト系と同様におよそ 500 ℃ から急劇に[[引張り強さ]]が低下する{{Sfn|野原|2016|p=118}}。マルテンサイト系は高温材料としても使われるが、[[オーステナイト系ステンレス鋼]]ほどの優れた高温強度を持たない{{Sfnm|野原|2016|1p=118|橋本|2007|2p=173}}。モリブデン、バナジウム、ニオブ、タングステンなどの添加によって高温強度を向上させることもでき、引張り強さの低下温度をおよそ 650 ℃ まで高めたマルテンサイト系の鋼種も存在する{{Sfn|橋本|2007|p=173}}。[[水素]]侵入による[[水素脆化割れ]]の可能性は、高強度組織ほど高い{{Sfn|藤井（監修）|2017|p=136}}。マルテンサイト系もそのような高強度組織を有するため、水素脆化割れの感受性が高い点に注意を有する{{Sfn|藤井（監修）|2017|p=136}}。
[[完全焼なまし]]がされて焼入れ硬化していないマルテンサイト系の機械的性質は、少し硬くて伸びが劣るものの、同じクロム量のフェライト系ステンレス鋼とほぼ同じようなものとなる{{Sfn|田中（編）|2010|p=153}}。
===耐食性===
マルテンサイト系ステンレス鋼の[[耐食性]]は、比較的弱い腐食環境であれば良好な耐食性を示す{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=497}}。一般的な清浄大気中や清浄水環境下であれば耐食性は十分良い{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|p=50}}。しかし、一般的にいえば、マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性は他のステンレス鋼よりも低い{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|p=28}}。ステンレス鋼の耐食性は、一般的にはクロム量が多いほど[[不働態化]]しやすくなり耐食性は向上する{{Sfn|田中（編）|2010|p=117}}。一方、炭素はクロム炭化物を作る要因となり、耐食性を良くするためには炭素量を少なくすることが望ましい{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|pp=28, 50}}。マルテンサイト系はマルテンサイト組織を得るために、クロム量を多くしてなおかつ炭素量を少なくすることが難しい{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|p=28}}。そのため、マルテンサイト系の耐食性は他のステンレス鋼よりもやや劣る{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|p=28}}。[[モリブデン]]を添加して耐食性を向上させたマルテンサイト系の鋼種もある{{Sfn|田中（編）|2010|p=32}}。
また、マルテンサイト系の耐食性の大小は熱処理に依存する{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=497}}。上記のとおり焼入れ後に焼戻しを行って用いられるのが一般的であるが、焼戻しによりクロム炭化物が析出し、母相中の有効なクロムの含有量が低下する<ref name="杉本"/>。これにより、同程度のクロムを含む[[フェライト系ステンレス鋼]]や[[オーステナイト系ステンレス鋼]]と比較した場合でも、マルテンサイト系の耐食性は劣る<ref name="杉本">{{Cite book ja-jp |author=杉本 克久 |title=金属腐食工学 |series=材料学シリーズ |publisher=内田老鶴圃 |year=2009 |edition=第1版 |isbn=978-4-7536-5635-6 }} p.142</ref>。焼入れ状態でマルテンサイト系の耐食性は最もよく、焼なまし状態で最も劣る{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=497}}。焼戻しをする場合も、高温焼戻し状態よりも低温焼戻し状態の方が耐食性がよい{{Sfn|日原・鈴木|2016|p=157}}。
[[機械加工]]での[[被削性]]を向上させるために、[[硫黄]]や[[セレン]]を添加することがある。ただし、添加された硫黄は[[硫化マンガン(II)]]として析出し、[[孔食]]が起こりやすくなり耐食性を低下させる{{Sfnm|ISSF|2017|1p=37|ステンレス協会（編）|1995|2p=510}}。硫黄ほどではないが、セレンの添加も耐食性を低下させる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=510}}。マルテンサイト系快削鋼を使用する場合は、とくに一般大気中や清浄水中に限るのが望ましいとされる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=510}}。
==加工==
===熱処理===
マルテンサイト系ステンレス鋼には熱処理の[[焼入れ]][[焼戻し]]が施され、用いられるのが一般的である{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=45}}。焼入れ時にはおよそ 980 ℃ 以上まで加熱し、組織全体を完全にオーステナイトにする{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=45}}。オーステナイト領域まで加熱後、高温状態で保持して炭化物を固溶させる{{Sfn|向井|1999|p=8}}。保持後に急冷して[[マルテンサイト変態]]を発生させてマルテンサイト組織にする{{Sfn|野原|2016|p=141}}。焼入れ温度は 980 ℃ 以上が基本だが、実際の適当な温度は含まれる化学成分による{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=45}}。高炭素のマルテンサイト系であれば、995 ℃ 以上 1050 ℃ 以下が焼入れ温度の目安である{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=42}}。焼入れ温度が高いほどオーステナイト中に炭素が多く固溶するようになり、焼入れ後のマルテンサイト組織が硬くなる{{Sfn|野原|2016|p=141}}。ただし、[[結晶粒]]の粗大化を避けるために、高過ぎる温度も望ましくない{{Sfn|ISSF|2017|p=35}}。焼入れ温度での保持時間は、大抵の場合で30分程度あれば十分とされる{{Sfn|ISSF|2017|p=35}}。
冷却によってオーステナイトは[[マルテンサイト変態]]を起こすが、冷却中にマルテンサイト変態を起こす温度（マルテンサイト変態開始温度、Ms点）の把握が重要となる<ref name="Capdevila"/>。Ms点を決める主要因は鋼中の化学組成である<ref name="Capdevila"/>。組成設計時には、Ms点を室温以下にしないことが求められる{{Sfnm|Lai Leuk et al.|2012|1p=44|田中（編）|2010|2p=103}}。Ms点が室温以下となると、焼入れ後にもオーステナイトが残留するようになる{{Sfnm|Lai Leuk et al.|2012|1p=44|田中（編）|2010|2p=103}}。含まれる各合金元素量からMs点を予測する式は多数提案されているが、近年のものとしては以下の式がある{{Sfn|ISSF|2017|p=35}}<ref name="Capdevila">{{Cite journal |author = C. Capdevila, F. G. Caballero, C. García de Andrés |year = 2002 |title = Determination of Ms Temperature in Steels: A Bayesian Neural Network Model |journal = ISIJ International |volume = 42 |issue = 8 |doi = 10.2355/isijinternational.42.894 |publisher = ISIJ |pages = 894–902 }}</ref>。
:''Ms'' = 491.2 − (302.6 × ''C'' + 30.6 × ''Mn'' + 16.6 × ''Ni'' + 8.9 × ''Cr'' + 11.3 × ''Cu'' + 14.5 × ''Si'') + (2.4 × ''Mo'' + 8.58 × ''Co'' + 7.4 × ''W'')
ここで、''Ms'' はMs点（℃）で、''C'', ''Mn'', ''Ni'', ''Cr'', ''Cu'', ''Si'', ''Mo'', ''Co'', ''W'' は各元素量（mass%）である。化学組成の他には、焼入れ温度（オーステナイト化温度）と冷却速度がMs点に関係する<ref name="Alvarez">{{Cite journal |author = L. F. Alvarez, C. Garcia, V. Lopez |year = 1994 |title = Continuous Cooling Transformations in Martensitic Stainless Steels |journal = ISIJ International |volume = 34 |issue = 6 |doi = 10.2355/isijinternational.34.516 |publisher = ISIJ |pages = 516–521 }}</ref>{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=46}}。焼入れ温度が異なるとオーステナイト組織中の組成が変わってくる<ref name="Alvarez"/>。この組成の違いの結果、焼入れ温度によってMs点が変わる<ref name="Alvarez"/>。また、冷却速度が小さい場合、炭化物が冷却中に析出しやすくなり、オーステナイトの炭素などの合金元素含有量が少なくなる<ref name="Alvarez"/>。冷却速度がある程度以上速くなれば炭化物析出は抑えられるようになるが、それまでの冷却速度範囲では、冷却速度を上げるとMs点は下がる傾向がある<ref name="Alvarez"/>。例として、クロム 14 %、炭素 0.3 %、モリブデン 3 % のマルテンサイト系鋼種のMs点を以下に示す<ref name="Park">{{Cite journal |author =Jee-Yong Park, Yong-Soo Park |date = 2007-03-25 |title = The effects of heat-treatment parameters on corrosion resistance and phase transformations of 14Cr–3Mo martensitic stainless steel |journal = Materials Science and Engineering: A |volume = 449–451 |doi = 10.1016/j.msea.2006.03.134 |publisher = Elsevier B.V. |pages = 1131–1134 }}</ref>。
{| class="wikitable" style="text-align:center"
|+ 14Cr-0.3C-3Mo鋼のMs点の例<ref name="Park"/>
! !! オーステナイト化温度 1000 ℃ !! オーステナイト化温度 1050 ℃
|-
! 冷却速度 1 ℃/sec
| 約230℃ || 約80℃
|-
! 冷却速度 10 ℃/sec
| 約160℃ || 約60℃
|}
焼入れ時の冷却は水冷、油冷、空冷で行われるが、マルテンサイト系の場合は油冷または空冷が一般的である{{Sfnm|Lai Leuk et al.|2012|1p=45|向井|1999|2p=8}}。冷却が速いほど炭化物の生成を抑制できるが、水却のような速過ぎる冷却はマルテンサイト中に[[応力]]を発生させて[[変形]]や[[き裂]]を発生させる可能性がある{{Sfnm|Lai Leuk et al.|2012|1p=46|ISSF|2017|2p=35}}。[[焼入れ性]]がとても良好なのがマルテンサイト系の特徴であり、断面積の大きな部品であっても空冷で[[wikt:焼きを入れる|焼きを入れる]]ことができる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=100}}。クロム 13 % 以上を含有するマルテンサイト系であれば、「水や油に入れず、空冷つまり適当な焼入れ温度に加熱しただけで、その辺に放り出しておいても焼きが入ってしまう」と言われるほどに焼入れ性が良い<ref>{{cite book ja-jp |author = 加藤 俊男・朝倉 健太郎 |year= 2013 |title = 刃物あれこれ ―金属学からみた切れ味の秘密 |publisher = アグネ技術センター |edition=初版 |isbn = 978-4-901496-71-1 }} p. 17</ref>。
焼入れによって材料全体をマルテンサイト組織へ変態させるのが理想的だが、実際にはオーステナイトがある程度残留する。このオーステナイトは残留オーステナイトと呼ばれ、材質に悪影響を及ぼすことが多い{{Sfn|野原|2016|p=141}}。残留オーステナイトは室温でも追加でマルテンサイト変態を起こすことがあり、変形やき裂を引き起こす{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=42}}。また、残留オーステナイトはマルテンサイトよりも柔らかいため、残留オーステナイトが多量に残ると要求の硬さを出せないことがある{{Sfn|朝倉|2017|p=35}}。残留オーステナイトが存在するため、[[焼戻し]]または[[サブゼロ処理]]を焼入れ後すぐに行うのが望ましい{{Sfn|野原|2016|p=33}}。サブゼロ処理は −80 ℃ 近くの低温まで冷却する処理で、刃物用の高炭素マルテンサイト系などで活用される{{Sfnm|朝倉|2017|1p=35|ステンレス協会（編）|1995|2p=511}}。
焼入れ後には[[焼戻し]]を行う。マルテンサイト系に施される焼戻し処理には、150 ℃ から 200 ℃ 程度で保持して空冷する低温焼戻しと 600 ℃ から 750 ℃ で保持して急冷する高温焼戻しがある{{Sfn|田中（編）|2010|p=102}}。前者は耐摩耗性を重視する場合に行われ、後者は[[靭性]]付与を重視する場合に行われる{{Sfn|野原|2016|p=33}}。刃物用では低温焼戻しが施され、構造部材用では高温焼戻しが施されることが一般的である{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=497}}。高クロムのマルテンサイト系は高耐食性を指向しているため、クロム炭化物析出を避けて低温焼戻しが施されることが多い{{Sfn|Lai Leuk et al.|2012|p=46}}。マルテンサイト系には上記のとおり475℃脆化の可能性がある。このため、475 ℃ から550 ℃ での焼戻しには注意を要し、原則的にはこの温度域での焼戻しを避ける{{Sfnm|Lai Leuk et al.|2012|1p=47|ステンレス協会（編）|1995|2p=497}}。
マルテンサイト系は[[表面硬化処理]]も可能であり、[[ガス窒化]]、[[軟窒化]]、[[高周波焼入れ]]が適用可能である。とくに高周波焼入れは、ステンレス鋼の中でマルテンサイト系のみが適用可能である<ref>{{Cite book |author = Alenka Kosmač |year= 2015 |title = Surface Hardening of Stainless Steels |series=Materials and Applications Series, Volume 20 |url=https://www.edelstahl-rostfrei.de/downloads/iser/Surface_Hardening_EN.pdf |format=pdf |publisher = Euro Inox |edition=2nd |isbn = 978-2-87997-395-1}}. pp. 7, 12, 14</ref>
===機械加工・塑性加工===
製品製作のために[[切削加工]]や[[塑性加工]]を行う場合は、マルテンサイト組織は硬くて加工しづらいため、まず[[焼なまし]]を行った状態で加工を行うことがマルテンサイト系ステンレス鋼では一般的である{{Sfn|田中（編）|2010|p=25}}。焼なまし状態のマルテンサイト系は、フェライト系ステンレス鋼や普通鋼と同じ程度の[[被削性]]となる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1108}}。加工後、焼入れ・焼戻しが行われる{{Sfn|田中（編）|2010|p=25}}。焼入れ・焼戻し前の加工では、最終形状あるいはほぼ最終の形状へと仕上げる{{Sfn|ISSF|2017|p=35}}。ただし焼入れ後にも加工する必要がある場合もあり、その場合は高い硬度に対処して削る必要がある{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1108}}。[[冷間成形加工]]を行う場合も焼なまし状態で行う{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=498}}。炭素量が増えるほど成形性が悪くなる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=498}}。
被削性を向上させるために、[[硫黄]]や[[セレン]]を添加したマルテンサイト系の[[快削鋼]]もある{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=508}}。例として、JIS SUS420J2 の[[被削性指数]]が45程度であるのに対して、硫黄を 0.15 % 以上含む SUS420F の被削性指数は55程度となる{{Sfn|橋本|2007|p=262}}。また、同じ工具寿命で比較すると、SUS420F は SUS420J2 の3倍から5倍まで加工速度を上げることができる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|pp=509–510}}。ただし、上記のとおり、硫黄やセレンの添加は耐食性の低下を引き起こす。
===溶接===
マルテンサイト系ステンレス鋼を[[溶接]]するときは、溶接割れの発生を防ぐために予熱することが重要である{{Sfn|向井|1999|p=127}}。マルテンサイト系で特に問題となる溶接割れは、溶接後に溶接部の温度がおよそ 300 ℃ 以下になったときに起こる低温割れと呼ばれるものである{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1p=997|溶接学会（編）|2010|2p=98}}。
前述のとおりマルテンサイト系は高温からの急冷でマルテンサイト化して硬化するため、硬いが靭性に欠けるマルテンサイト相が[[熱影響部|溶接熱影響部]]に生成される{{Sfnm|向井|1999|1p=62|ステンレス協会（編）|1995|2p=1042}}。溶接熱影響部には高炭素マルテンサイトが局部的に形成し、これが溶接部の靭性を低下させる一因である{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1034}}。溶接材料には被溶接物と同じ材料を用いることが一般的だが、この場合、溶接金属も同様にマルテンサイト化して硬化することになる{{Sfnm|向井|1999|1p=62|ステンレス協会（編）|1995|2p=1042}}。これを防ぐために、マルテンサイト系を溶接するときは予熱することが重要である{{Sfn|向井|1999|p=127}}。予熱することによって溶接部の冷却速度が遅くなり、急冷による硬化を抑えることができる{{Sfn|溶接学会（編）|2010|p=252}}。低炭素系マルテンサイト系のマルテンサイト変態開始温度を目安として、被溶接物の温度を 200–400 ℃ 程度に上げて予熱する{{Sfn|向井|1999|p=127}}。
また、溶接過程で含まれる拡散性水素も低温割れの原因となる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=997}}。拡散性水素による割れは、溶接後ある程度時間が経過して水素が拡散した後に発生するため遅れ割れと呼ばれる{{Sfn|溶接学会（編）|2010|p=129}}。マルテンサイト系は[[フェライト系ステンレス鋼]]と比較しても遅れ割れが起きやすい{{Sfn|溶接学会（編）|2010|p=129}}。拡散性水素の侵入を防ぐために、溶接棒の乾燥、乾燥した環境での溶接実施、溶接対象部の清浄などの対策が取られる{{Sfn|向井|1999|p=62}}。
溶接によって低下した靭性を回復するためには後熱処理が行われる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1043}}。適正な温度は成分によって異なるが、溶接後に 700–800 ℃ まで加熱・温度保持して後熱処理を行う{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1035–1037}}。後熱処理は拡散性水素による遅れ割れの防止にも有効である{{Sfn|向井|1999|p=62}}。
ステンレス鋼の溶接では普通は母材と同じ成分の溶接材を用いる{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1000}}。ただし、低温割れを避けるために焼入れ硬化性がない[[ニオブ]]を含ませた溶接棒を用いることや、靭性を高めるために[[オーステナイト系ステンレス鋼]]の溶接材料を用いることもある{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|pp=1000, 1044–1045}}。
==用途例==
マルテンサイト系ステンレス鋼は、[[耐食性]]に加えて高い[[強度]]や[[耐摩耗性]]を持つ。これらの特性が要求される用途でマルテンサイト系ステンレス鋼は活用されている{{Sfn|大山・森田・吉武|1990|p=145}}。また、マルテンサイト系ステンレス鋼の[[ニッケル]]量は 0 % か、最大でも 5 % 程度である{{Sfn|ISSF|2017|p=8}}。このニッケル含有量の少なさのためマルテンサイト系の材料コストはオーステナイト系と比較して低く抑えられ、これもマルテンサイト系利用上の長所の一つでもある{{Sfn|ISSF|2017|p=8}}。
具体的には、[[タービン|タービンブレード]]、[[ノズル]]、[[軸 (機械要素)|シャフト]]、[[ポンプ]]、[[軸受]]などの機械構造用部品にマルテンサイト系ステンレス鋼は適している{{Sfn|野原|2016|p=33}}。タービンブレードや高温環境下の部品には、モリブデンを添加して耐食性と高温強度を高めた低炭素系マルテンサイト系が使われることもある{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=499}}。ステンレス鋼製の軸受には440系や420系がよく使われる{{Sfn|ISSF|2017|p=30}}。[[オートバイ]]では、外見の良さも重要なことから[[ディスクブレーキ]]の[[ブレーキローター|ローター]]にはステンレス鋼を使うことが主流となっている<ref>{{Cite web |url=http://www.advicsaftermarket.co.jp/support/brake/detail/33/index.html |title=雑学講座３３： バイクのブレーキ その１ |publisher=S&Eブレーキ株式会社 |work=ブレーキ雑学講座 |accessdate=2017-11-18}}</ref>{{Sfn|橋本|2007|p=94}}。ローターには強い[[摩擦力]]が働き、[[摩耗]]が問題となるため、ローターの[[硬度]]がある程度以上高いことが望ましい{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1273}}。また、ブレーキ時の摩擦熱が発生するため耐熱性が求められる{{Sfn|橋本|2007|p=94}}。そのため、高硬度・耐熱性・耐食性のバランスがいいマルテンサイト系ステンレス鋼製のローターが広く実用されている{{Sfn|野原|2016|p=221}}。
[[File:Stinger kit knife (8209365970).jpg|thumb|マルテンサイト系ステンレス鋼440Aを使用したナイフ]]
マルテンサイト系ステンレス鋼利用の最もよく知られている製品は[[刃物]]類である{{Sfn|ISSF|2017|p=28}}。刃物用の素材にはステンレス鋼が使われるのが現在では一般的となっており、刃物用ステンレス鋼素材としてはマルテンサイト系が使われるのが一般的である{{Sfn|朝倉|2017|pp=22, 24}}。[[包丁]]、テーブルナイフ、[[ハサミ]]、[[カミソリ]]、[[メス (刃物)|医療用メス]]でマルテンサイト系が使われている{{Sfnm|朝倉|2017|1pp=28, 55, 56|ISSF|2017|2p=28}}。高い硬度が刃物には必要なため、炭素量の多いマルテンサイト系が低温焼戻しされて供される{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=1386}}。具体的な鋼種としては、とくに420系の使用が多い{{Sfnm|朝倉|2017|1p=28|ISSF|2017|2p=28}}。マルテンサイト系の刃物の切れ味をよくするには硬度の向上に加えて、結晶粒を微細化し、微小な炭化物を均一に分布させるのが有効とされる{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1p=511|ISSF|2017|2p=28}}。工業規格に規定されている鋼種のほか、素材メーカーが独自に成分設計して売り出している刃物用マルテンサイト系ステンレス鋼も存在する{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=511}}<ref>{{Cite journal ja-jp |author = 窪田 和正 |year = 2016 |month = 11 |title = 刃物用ステンレス鋼 |journal = 特殊鋼 |volume = 65 |issue = 6 |url = http://www.tokushuko.or.jp/publication/magazine/pdf/2016/magazine1611.pdf |format=pdf |publisher = 特殊鋼倶楽部 |pages = 5–7 }}</ref>。
また、高い耐摩耗性が必要とされる[[プラスチック]]の[[射出成形]]用の[[金型]]としても使用される{{Sfn|日原・鈴木|2016|p=157}}。金型に耐食性を求める場合はマルテンサイト系ステンレス鋼がよく利用される{{Sfn|日原・鈴木|2016|p=157}}。具体的な種類としては、中炭素・中クロムの420系を中心にして使われており、高炭素・高クロムの440系なども使われる{{Sfn|日原・鈴木|2016|p=157}}。
==歴史==
マルテンサイト系ステンレス鋼の工業的発明は、1913年にイギリスの冶金学者[[ハリー・ブレアリー]]によって成し遂げられた{{Sfnm|野原|2016|1p=15|ステンレス協会（編）|1995|2p=6}}。マルテンサイト系自体の作製とその組成と組織の研究は、ブレアリー以前にフランスの冶金学者{{仮リンク|レオン・ギレ|fr|Léon Guillet}}によっても為されていた{{Sfn|鈴木|2000|pp=41–42}}。マルテンサイト系の最初の発見者としては、ギレの名が挙げられることもある{{Sfn|Cobb|2010|p=12}}。
===レオン・ギレ===
{| class="wikitable floatright"
|+ 現在のマルテンサイト系に相当する、ギレの試料の組成{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1p=5|鈴木|2000|2p=39}}
! [[炭素|C]] !! [[クロム|Cr]] !! [[アメリカ鉄鋼協会|AISI]]鋼種
|-
| 0.142 % || 13.60 % || 410
|-
| 0.382 % || 14.52 % || 420
|-
| 0.905 % || 18.65 % || 440BまたはC
|}
1894年、ドイツの{{仮リンク|ハンス・ゴルトシュミット|de|Hans Goldschmidt (Chemiker)}}が[[テルミット法]]を発明し、炭素をほとんど含まない純度の高い金属クロムの生産が可能となったことで、高いクロム含有量を持つ[[合金鋼]]の研究が本格的に始まった{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|p=5}}。フランスの{{仮リンク|レオン・ギレ|fr|Léon Guillet}}は、1902年から1906年にかけて精力的に合金鋼の研究を進めていた{{Sfn|鈴木|2000|p=38}}。テルミット法で得られるクロムを用いて試料を作製し、1904年にクロム含有量を最大およそ 32 % まで、炭素含有量を最大およそ 1 % まで変えた23種類の資料の研究成果を発表した{{Sfn|鈴木|2000|p=39}}。それらの試料の内、5種類の組成は、現在マルテンサイト系およびフェライト系に分類されるクロム系ステンレス鋼と共通するものであった{{Sfnm|ステンレス協会（編）|1995|1p=5|Cobb|2010|2p=12|ウォルドマン|2016|3p=81}}。
ギレは、熱処理、機械的性質、金属組織の特徴の関係を論文で説明した{{Sfn|Cobb|2010|p=12}}。そして、ギレはそれらの金属組織が[[マルテンサイト]]または[[フェライト相|フェイライト]]で構成されていることも特定した{{Sfn|Cobb|2010|pp=12–13}}。2年後の1906年には現在のオーステナイト系に相当する試料の研究成果も発表し、ステンレス鋼の基本3グループであるマルテンサイト系、フェライト系、オーステナイト系の組織と成分を明らかにした{{Sfn|鈴木|2000|pp=41–42}}。しかしながら、ギレは自身が作製した試料の耐食性に気づくことはなかった{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=81}}。
フランスの{{仮リンク|アルバート・ポートヴァン|de|Albert Portevin}}が、ギレの試料を引き継いでさらに詳しくそれらの性質を調べた{{Sfn|Cobb|2010|pp=14–15}}。ポートヴァンは、クロム含有量が高いほど[[エッチング]]しづらいことに気づき、それを報告したが、それらの試料が錆びない耐食性の高さまでも備えていることには気づかなかった{{Sfn|ステンレス協会（編）|1995|pp=5–6}}。
===ハリー・ブレアリー===
[[File:Harry Brearley.jpg|thumb|300px|シェフィールドのブラウン・ファース研究所跡地にあるハリー・ブレアリーの記念碑。左がブレアリーの肖像。]]
イギリスの[[ハリー・ブレアリー]]は、1907年から[[シェフィールド]]のブラウン・ファース研究所 (Brown Firth Research Laboratories) で初代所長として働いていた<ref name="遅沢">{{Cite journal ja-jp |author = 遅沢 浩一郎 |year = 2011 |title = 講座:ステンレス鋼活用の基礎知識 ―歴史、特性、耐食性― 1．ステンレス鋼の歴史と製造 |journal = 材料 |volume = 60 |issue = 7 |doi = 10.2472/jsms.60.680 |publisher = 日本材料学会 |page = 682 }}</ref>{{Sfn|鈴木|2000|p=75}}。ブラウン・ファース研究所は、戦艦の造船会社[[ジョン・ブラウン・アンド・カンパニー]]（John Brown and Company, 以下ブラウン社）と装甲板を製造していた製鋼会社[[トーマス・ファース・アンド・サンズ]]（Thomas Firth and Sons, 以下ファース社）との合併事業によるものであった{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=71}}。1912年5月、ライフル銃で起きていたエロージョンと汚損を調査するために、ブレアリーはエンフィールドにあった[[ロイヤル・スモール・アームズ・ファクトリー]]へ出向いた{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=76}}。検討の結果、ブレアリーはクロムを 10 % 以上含ませた高クロム鋼は有効ではないかと判断した{{Sfn|鈴木|2000|p=76}}。ブレアリーはクロム 5–6 % のクロム鋼を扱ってきた経験は既にあり、融点の高いクロムの含有が有効と考えた{{Sfn|Cobb|2010|p=40}}。当時、クロム鋼は航空機用エンジンの排気弁でも使われていた{{Sfn|Cobb|2010|p=40}}。1912年6月4日に「低炭素、高クロムで、含有率が異なる鉄鋼を用いて、すぐにも腐食試験を開始すべきではないか」とブレアリーは記している{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=76}}。
ブレアリーはクロム 10 % 以上、炭素 0.3 % 程度の組成を目標にした<ref name="遅沢"/>。最初は[[るつぼ炉]]によって作製したが炭素の含有量が多くなってしまうため、次いで[[電気アーク炉]]による作製が試みられた。試料作製は、アーク炉溶解を当時早くから扱っていたファース社が行った{{Sfn|鈴木|2000|p=76}}。1913年8月13日、一回目の作製が行われたが上手く行かず、同年8月20日に二回目の作製が行われ、目標の組成に近いクロム鋼を作製することができた{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=76}}<ref name="遅沢"/>。この資料は No.1008 と呼ばれ、クロム 12.8 %、炭素 0.24 %、マンガン0.44 %、シリコン 0.20 % という成分から構成されていた{{Sfn|Cobb|2010|p=41}}。このクロム鋼の組成は現在の13Crマルテンサイト系ステンレス鋼に相当し、現在の規格で制定されている JIS SUS420 あるいは AISI 420 に相当するものであった{{Sfn|鈴木|2000|p=76}}<ref name="遅沢"/>{{Sfn|Cobb|2010|p=268}}。
ブレアリーは、自分が作製した試料の耐食性を見い出した。彼が耐食性を見い出した経緯にはいくつかのエピソードが語られており、ブレアリーが試料を扱っているときに妻との劇場に行く約束を思い出し、試料を水に浸したままで出かけて翌日その試料が錆びていないことを発見した、といった話もある{{Sfnm|鈴木|2000|1p=77|ウォルドマン|2016|2p=76}}。ブレアリー自身が述べたところによると、試料をエッチングするときに全くエッチングされない、またはエッチング反応がとてもゆっくりであることに彼は気づいた。そして、エッチングは腐食の一種であることから試料が有用な耐食性を持ち得ることに気づいたという{{Sfnm|鈴木|2000|1p=77|Cobb|2010|2p=41}}。ブレアリーは仕事の依頼主だったロイヤル・スモール・アームズ・ファクトリーへこの試料を報告したが、ロイヤル・スモール・アームズ・ファクトリーはこの鋼に興味を持つことはなかった{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=77}}。ファース社とブラウン社にもこの鋼種の有用性を報告したが、反応は芳しくなかった{{Sfnm|ウォルドマン|2016|1p=77|鈴木|2000|2pp=77–78}}。
ブレアリーは、自分が発見した鋼種はナイフやフォークなどの[[カトラリー]]に有用であると考えていた{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=77}}。ブレアリーはモズレー商会のアーネスト・スチュアートに協力してもらい、自分が発見した鋼種のナイフを製作して、実際に有用であることを確かめた{{Sfn|鈴木|2000|pp=79–80}}。ファース社は1914年にはブレアリーが発見した鋼種の有用性を理解し、生産を開始して売り出し始めた{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=78}}。しかしブレアリーの存在を抜きにして自分たちが発明したかのように宣伝して売り出しており、ブレアリーとの軋轢が起こった{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=78}}。最終的にはブレアリーはブラウン・ファース研究所を離職し、別の研究所へ勤めるようになった{{Sfn|ウォルドマン|2016|p=78}}。そこへ、1915年の初め、貿易会社を営んでいたジョン・マドックスという人物が米国でブレアリーのステンレス鋼の特許を出さないかと申し出に来た{{Sfn|鈴木|2000|p=81}}。ブレアリーは悩んだ末にそれに応じた{{Sfn|Cobb|2010|p=41}}。
ブレアリーは米国で1915年3月28日に特許申請をして、次いでカナダでも1915年4月21日に特許申請をおこなった{{Sfn|Cobb|2010|p=45}}。カナダでは1915年の8月に登録されたが、米国の特許は却下された{{Sfn|鈴木|2000|pp=81, 83}}。再度1916年3月6日に米国で特許申請を行うと、今度は審査を通過して1916年9月5日に登録された{{Sfn|Cobb|2010|p=45}}。このときの特許の請求項は以下のとおりである{{refnest|group="注"|name="USP1197256"|
原文は以下のとおり（{{US patent reference | number = 1197256 | y = 1916 | m = 09 | d = 05 | inventor = Harry Brearley | title = Cutlery}}, [https://patentimages.storage.googleapis.com/31/9d/9a/247e5ea7358311/US1197256.pdf Google Patents]）<br />1. A hardened and polished article manufacture composed of a ferrous alloy containing between nine per cent. (9%) and sixteen per cent. (16%) of chromium and carbon in quantity less than seven tenths per cent. (.7%).<br />2. A hardened, tempered and polished cutlery blade composed of a ferrous alloy containing between nine per cent. (9%) and sixteen per cent. (16%) of chromium and carbon in quantity less than seven tenths per cent. (.7%), and not containing any microscopically distinguishable free carbids.<br />3. A hardened and polished cutlery article composed of a ferrous alloy containing between nine per cent. (9%) and sixteen per cent. (16%) of chromium and carbon in quantity less than six tenths per cent. (6%).<br />4. A hardened and polished article of manufacture composed of a ferrous alloy containing approximately carbon 0.30% manganese 0.30% and chromium 13.0%.}}。
#クロムの含有量が 9 % から 16 % の間で、炭素の含有量が 0.7 % 未満である、焼入れと研磨がされた鉄合金で造られた製品。
#クロムの含有量が 9 % から 16 % の間で、炭素の含有量が 0.7 % 未満で、顕微鏡でも識別できるような遊離した炭化物を含まない、焼入れ・焼戻しと研磨がされた鉄合金で造られたカトラリー用の刀身。
#クロムの含有量が 9 % から 16 % の間で、炭素の含有量が 0.6 % 未満で、顕微鏡でも識別できるような遊離した炭化物を含まない、焼入れと研磨がされた鉄合金で造られたカトラリー製品。
#炭素の含有量がおよそ 0.30 %、マンガンの含有量がおよそ 0.30 %、クロムの含有量がおよそ 13.0 % の焼入れと研磨がされた鉄合金で造られた製品。
ブレアリーのステンレス鋼は、1917年に日本とフランスでも特許登録された{{Sfn|鈴木|2000|p=83}}。
===エルウッド・ヘインズ===
[[File:Elwoodphaynes.png|thumb|160px|エルウッド・ヘインズ]]
アメリカの実業家であり発明家の{{仮リンク|エルウッド・ヘインズ|en|Elwood Haynes}}も、低炭素高クロム鋼の発明を行った{{Sfn|Cobb|2010|p=21}}。1911年からヘインズは、[[コバルト合金]]よりも安価な工具材料を作るために低炭素高クロム鋼の実験を行っていた{{Sfn|Cobb|2010|p=21}}。その実験の中で、化学薬品への耐性あるいは雰囲気中での耐性へのクロムの影響を明らかにしようとしていた{{Sfn|Cobb|2010|p=21}}。''The History of Stainless Steel'' の著者ハロルド・コブは、ヘインズもまたマルテンサイト系の開発において言及されるに値すると評している{{Sfn|Cobb|2010|p=21}}。
ブレアリーの特許よりも少し先に、ヘインズは米国で特許申請を行ったが、クロム鋼についてはすでに特許があるからという理由で却下された{{Sfn|Cobb|2010|p=21}}。1915年3月12日に再度の特許申請が行われ、これは最終的には審査を通り登録された{{Sfn|鈴木|2000|pp=96–97}}。しかし登録されたのは1919年4月1日で、類似の組成の登録しているブレアリーの特許がすでに登録された後のことであった{{Sfn|Cobb|2010|p=21}}。ヘインズはブレアリーの特許に反対し、争いが生じた{{Sfn|Cobb|2010|p=48}}。この争いは、結局、ヘインズの特許もブレアリーの特許も所有する持株会社を設立して利益を共有するという形で消滅することとなった{{Sfn|Cobb|2010|p=50}}。
==脚注==
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注"}}
=== 出典 ===
{{Reflist|2}}
==参考文献==
※文献内の複数個所に亘って参照したものを特に示す。
*{{cite book ja-jp
|editor = ステンレス協会
20 ⟶ 211行目:
|edition=第3版
|isbn = 4-526-03618-8
|ref={{Sfnref|ステンレス協会（編）|1995}}
}}
*{{cite book ja-jp
31 ⟶ 222行目:
|isbn = 978-4-526-07541-4
|ref={{Sfnref|野原|2016}}
}}
*{{cite book ja-jp
|author = 日原 政彦・鈴木 裕
|year= 2017
|title = 機械構造用鋼・工具鋼大全
|series=技術大全シリーズ
|publisher = 日刊工業新聞社
|edition=初版
|isbn = 978-4-526-07680-0
|ref={{Sfnref|日原・鈴木|2016}}
}}
*{{cite book ja-jp
50 ⟶ 251行目:
|edition=改訂版
|isbn = 978-4-542-30422-2
|ref={{Sfnref|田中（編）|2010}}
}}
*{{cite book ja-jp
60 ⟶ 261行目:
|edition=第1版
|isbn = 4-542-90150-5
|ref={{Sfnref|大山
}}
*{{cite book ja-jp
|author =
|year= 2017
|title = 刃物の科学
|series=おもしろサイエンス
|publisher = 日刊工業新聞社
|edition=
|isbn = 978-4-
|ref={{Sfnref|
}}
*{{cite book ja-jp
80 ⟶ 281行目:
|isbn = 4-900041-80-7
|ref={{Sfnref|鈴木|2000}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = ジョナサン・ウォルドマン
|translator = 三木 直子
|year= 2016
|title = 錆と人間 : ビール缶から戦艦まで
|publisher = 築地書館
|edition=初版
|isbn = 978-4-8067-1521-4
|ref={{Sfnref|ウォルドマン|2016}}
}}
* {{cite book ja-jp
|author =
|year= 1999
|title = ステンレス鋼の溶接
|publisher =
|edition=第2版
|isbn = 4-526-04433-4
|ref={{Sfnref|向井|1999}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|editor = 溶接学会
|year= 2010
|title = 新版 溶接・接合技術入門
|publisher = 産報出版
|edition=3版
|isbn = 978-4-88318-151-3
|ref={{Sfnref|溶接学会（編）|2010}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|others=藤井 哲雄（監修）
|title=錆・腐食・防食のすべてがわかる事典
|publisher=ナツメ社
|year=2017
|edition=初版
|isbn=978-4-8163-6243-9
|ref={{Sfnref|藤井（監修）|2017}}
}}
* {{cite book
99 ⟶ 327行目:
|doi=10.2174/97816080530561120101
|ref={{Sfnref|Lai Leuk et al.|2012}}
}}
* {{Cite web
|author=International Stainless Steel Forum
|url= http://www.worldstainless.org/Files/issf/non-image-files/PDF/ISSF_Martensitic_Stainless_Steels.pdf
|title= Martensitic Stainless Steels
|format=pdf
|year=2017
|accessdate = 2019-02-23
|ref={{Sfnref|ISSF|2017}}
}}
* {{Cite book
|author=Harold M. Cobb
|title=The History of Stainless Steel
|publisher=ASM International
|year=2010
|isbn=978-1-61503-010-1
|ref={{Sfnref|Cobb|2010}}
}}
| |||