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; [[源頼朝]](みなもと の よりとも)
: 演:[[大泉洋]](少年期:[[生駒星汰]]{{Refnest|group="*"|{{Cite instagram|user=nhk_kamakuradono13|author=【公式】大河ドラマ「鎌倉殿の13人」|postid=CY23LYmuzUa/?|title=#生駒星汰 #源頼朝 #鎌倉殿の13人|date=2021-01-18|access-date=2022-01-19}}}})
: [[源氏]]の棟梁。のち[[鎌倉幕府]]初代[[征夷大将軍|将軍]]。
: [[河内源氏]]の[[嫡流]]・[[源義朝]]の三男。かつての[[官職]]・[[兵衛府|右兵衛権佐]](うひょうえのごんのすけ)にちなんで「'''佐殿'''(すけどの)」、鎌倉入り後は「'''[[鎌倉殿]]'''(かまくらどの)」と称される。広常からは「'''[[兵衛府|武衛]]'''(ぶえい)」と呼ばれている。
: 政略眼に長け、平家を追討して「あるべき世」に戻すために挙兵するが、坂東武者(御家人)との意識の違いがトラブルにより悶着を招くことも多い。猜疑心が強く、他人に本心を見せないが、義時には本心を明かす。度々訪れる命の危機を何度も回避する運の良さから、周りからは「天に守られている」と評されており、本人もそれを自覚している。観世音菩薩を信仰し、[[一髻|髻]]の中にも[[比企尼]]から託された小さな観音像を忍ばせている。
: 女癖が悪く、八重、政子、亀、比奈を次々に気に入る。自身も女好きであることは認めており、息子・頼家にせつの他に好きな女性がいることを相談されると、女好きは我が嫡男の証であると頼家を褒める。特に最初の妻である八重への思いは強く、八重が川で流されたと聞いた際には、御家人たちを総動員して捜索にあたらせる。
: 父・義朝が[[平治の乱]]で敗れると、清盛によって[[伊豆国|伊豆]]に流される。平家打倒の宿願のために監視役である伊東家を後ろ盾にしようと考え、伊東祐親が京の大番役で留守にしている間、その娘である八重と関係を持つ。その後、八重との間に千鶴丸をもうけるが、そのことに激怒した祐親に追われることとなり、伊東祐清と北条宗時の手によって北条の館に匿われる。そこで政子と知り合うと、今度は北条家を後ろ盾にしようと政子に近づく。また、戦を嫌い政にも関心のない義時を気に入り、義時にのみ挙兵する意思があることを明かす。その後、政子と結婚し、大姫をもうける。
: 三善康信からの書状や後白河法皇の院宣などといった様々な要因が重なり、宗時や義時、政子に説得されたことで挙兵すると、山木兼隆を討ち取り、伊豆において最初の政治行為を行う。その勢いで父・義朝が本拠とした鎌倉へ向かうが、[[石橋山の戦い]]で大庭軍と伊東軍の挟み撃ちにあい大敗する。洞窟に身を隠した際には敵に見つかりそうになるが、雷によって危機を脱し、その様子を見た梶原景時にも見逃される。その後、再起を図るために土肥実平が手配した船で[[安房国|安房]]へと渡る。
: 安房で三浦軍と合流すると、再び立ち上がることを宣言する。安房を進軍した際に立ち寄った村で亀を気に入ると、関係を持つ。しかし、亀の夫が妻を取り戻しに来たことで長狭常伴の襲撃を免れ、またしても危機を脱する。また、この強運により、上総広常を味方に引き入れることにも成功する。広常が遅れて参陣してきた際には、棟梁としての威厳を見せつけて広常を感心させる。[[武蔵国|武蔵]]に入ると、降伏してきた者たちを許し、寛大さを見せつける。
: 平家の追討軍が迫ると、自ら軍を率いて武田信義と合流する。信義とは互いに牽制し合うが、策略によって信義に出し抜かれる。その後、水鳥の羽音に驚いた平家軍が敗走([[富士川の戦い]])すると追撃を命じるが、坂東武者たちの反対にあって断念する。これにより、自分は流人時代から今までずっと一人だと傷心するが、そこに弟・源義経が現れると、感激のあまり涙を流す。
: 関東の基盤を盤石にするため、平家と通じる[[佐竹氏|佐竹家]]を討伐する。[[鎌倉]][[大蔵御所]]に入ると、家人たちを集めて所領を与え、主従の契りを交わして一帯に独自政権を作る。これを機に「鎌倉殿」と呼ばれるようになる。また、自分に後継者となる男子が生まれなかった場合は、武人の才を見込んで義経に跡を継がせようとも考える。同時期、父の敵である清盛が病死すると、兄弟や御家人たちの前で喜びを露わにする。
: 政子が第二子を身籠ると三浦に預けていた祐親を許すが、阿野全成の占い結果で考えを改め、景時に命じて祐親と祐清を殺す。その後、嫡男・万寿(源頼家)が誕生すると、北条家だけに力が集中しないよう比企一族の道を乳母とする。亀との関係は鎌倉入り後も続いており、政子の懐妊中も逢瀬を重ねる。しかし、このことが政子の知るところとなり、後妻打ちが起きてしまう。その際、宗親の髻を切るという処罰を下したため、激怒した時政が伊豆に帰ってしまい、御家人たちからの信用を失う。
: 同じ源氏一族である木曽義仲が勢力を拡大していることに危機感を覚えると、弟・範頼らを使者として信濃へ遣わし、義仲に人質を要求する。義仲の嫡男・義高が鎌倉に下向すると、大姫の[[許嫁]]とする。義仲が入京すると、鎌倉から法皇に根回しをするが失敗する。しかし、義仲が京を離れて西国へ向かうと法皇に接近し、流罪を解かれて[[従五位|従五位下]]に復帰する。また、[[東海道]][[東山道]]の軍事支配権も認められる。その後、法皇から助けを求められるが、御家人の反発にあい、自身も奥州藤原氏に備えて鎌倉を離れることができないため、先鋒隊として義経を出陣させる。
: 御家人たちの間で謀反の計画があることを知ると、大江広元と謀って謀反の罪を広常にかぶせ、景時に誅殺させる。これを機に、御家人たちを恐怖政治で統治すると、法皇から自身に対する追討の院宣が出されたため、範頼を総大将として本軍を出陣させる。範頼・義経軍が義仲を討つと、義時の忠誠心を試すために義高を討つよう命じる。その命を知った大姫や政子の必死の説得を受け、御家人たちに義高を殺さぬよう命じるが時すでに遅く、義高は藤内光澄に討ち取られる。その後、謀反を企てたとして信義の嫡男・一条忠頼を殺し、武田家の力を削ぐことに成功する。屋島の戦いで義経が勝ったという報告を受けると、義経が鎌倉殿の座を狙うのではないかと危機感を覚える。しかし、壇ノ浦の戦いで平家が滅びたという報告を聞くと、政子の前では義経を褒め、2人で涙を流して喜びを分かち合う。
: 壇ノ浦から帰還した景時から義経についての讒言がなされると、義経に不信感を持ち、鎌倉入を拒否する。また、義経からの詫び状が代筆であったことに激怒するが、義経を信じようと考え、検非違使を辞めさせるために伊予守に推任したり、義朝の追善供養に義経を参加させようとしたりする。しかし、その想いが伝わることなく義経が挙兵すると、自ら軍勢を率いて出陣する。その後、時政に法皇の力を借りて義経を捕らえるよう命じ、日本全国に[[守護]][[地頭]]を設置する事を法皇に認めさせることに成功する。静御前が時政によって吉野で捕縛され、鎌倉にて男子を出産すると、その子を由比ヶ浜に沈める。義経が奥州へ入ったという知らせを聞くと、義経と藤原氏が手を組むことを恐れる。同時期、大姫の入内計画を進める。
: 藤原秀衡が亡くなると、義経と同時に藤原氏も討伐しようと考え、藤原国衡・泰衡兄弟のを割いて泰衡に取り入り、直に手を下さず義経を殺してくるよう義時に命じる。泰衡によって義経の首が鎌倉に届けられると、首桶にすがりつき涙を流す。その後、勝手に義経を討ったことを理由に全国から兵を集め、自ら軍を率いて奥州藤原氏を滅ぼす。
: 藤原氏の滅亡によって日本全てを手中に収めると、本格的に朝廷対策に乗り出す。大軍を率いて上洛すると、法皇の御所を訪ねて2人きりで対面し、法皇に全国の守護を請け負う権利を正式に承認させ、後鳥羽天皇の后として大姫を差し出す約束をする。法皇が亡くなると、御家人たちを従わせる肩書を得るため、自らを「[[大将軍]]」とするよう朝廷に要求し、[[征夷大将軍]]に任じられる。次男である千幡(源実朝)が誕生すると、乳母を実衣と定める。
: 富士の巻狩りでは、万寿こそが次の鎌倉殿と知らしめるため、万寿が鹿を仕留められるよう御家人たちに裏工作を依頼する。また、比奈に会うため工藤祐経を身代わりにして寝所を抜け出すが、これによって曽我十郎・五郎兄弟の襲撃から逃れる。その後、謀反が起きたことを知った御家人たちが挙兵することを恐れ、義時の提案を受け入れて謀反を敵討ちとして処理する。しかし、命は助かったが、今回は天の導きを感じなかったことから、この世での役目が残っていないのではないかと焦り始める。
: 鎌倉へ戻ると、範頼が次の鎌倉殿になろうとしていたと知って激怒し、謀反の疑いがあるとして範頼を修善寺に幽閉する。その後、大姫の入内計画を再び進め、丹後局や土御門通親と連携を図るが、上洛してすぐに大姫が病となったため計画を延期する。2年後に大姫が亡くなると、すぐに次女・三幡の入内計画を進めるよう義時に命じる。また、大姫が死んだのは範頼が呪詛したためであるとし、景時に命じて範頼を暗殺する。
: [[相模川]][[旧相模川橋脚|橋]]供養の数日前から不眠に陥り、全成から伝えられた不吉の予兆がすべて起こると怯える。範頼を焚き付けたのが比企能員であると聞くと、頼家の正を能員の娘であるせつから、叔父である[[源為朝|鎮西八郎為朝]]の孫娘・つつじにしようと考える。その後、義時と政子に頼家を託し、自身は[[大御所]]になることを伝える。また、命の定めに抗うことをやめて好きに生きようと決意するが、相模川の供養の帰りに突如として右半身の麻痺に襲われ落馬する。それから約1ヵ月間、昏睡状態に陥った後、一度目を覚ますがすぐに息を引き取る。
; 八重(やえ)
: 頼朝の妻。[[#北条義時とその妻子|北条義時とその妻子]]を参照。
; [[北条政子|政子]](まさこ)
: 演:[[小池栄子]]
: 頼朝の後妻。北条時政の長女。義時の同母姉。
: 負けん気が強い一方、[[雅|雅やかさ]]に目がない。為政者の妻となったことで何気なく発した言葉の重みと影響力に戸惑うことがある。
: 北条館に逃げ込んだ頼朝に膳を運んだ際、この人はいずれ何かを成す人だと感じて一目惚れする。頼朝の先妻・八重に対しては、頼朝との結婚にあたって挨拶に行き、諦めるように申し出る。その後、頼朝の妻となり、大姫をもうける。
: 頼朝が挙兵に躊躇すると、義時らと共に頼朝を説得して挙兵を決意させる。挙兵後は[[伊豆山神社|伊豆山権現社]]に寺女として匿われるが気丈に振る舞い、頼朝が[[鎌倉]]に入ると合流して[[御台所]]となる。御台所の威厳を見せるため、頼朝のことが諦めきれない八重の希望を受け入れ、[[大倉御所]]の侍女とする。その後、比企の館で嫡男万寿(頼家)を出産する。
: 侍女頭・亀が頼朝の愛妾であることを知ると激怒し、りくに入れ知恵された「後妻打ち」をしかける。りくがわざと亀のことを教えてきたことには気づいており、りくを懲らしめようと後妻打ちの提案を受け入れたが、事態が想像以上に大きくなってしまったことに驚く。その後、亀とは和解するが、その際に身を引くことにした亀から、御台所に対する忠告を受ける。
: 頼朝が義仲の嫡男・義高を大姫の許嫁にしようとすると反対するが、一目義高を見ると気に入り、頼朝と義仲の対立が決定的となると、大姫のために義高を守ることを決意する。頼朝に対する謀反が起こり、頼朝と御家人との間で溝が深まると、御家人の不平不満に耳を傾けるようになる。
: 義仲が討たれ、義高が頼朝によって幽閉されると、義時らと協力して義高を御所から逃がし、伊豆山権現へ匿ってもらえるよう手配する。また、義高の逃亡が露見すると、大姫と共に頼朝を説得し、義高を殺さないことを誓う起請文を書かせる。しかし、時すでに遅く、義高は藤内光澄に討ち取られていた。怒りに任せて言った一言で後に光澄が処刑されると、御台所としての自分の立場の重さを痛感する。その後、心の傷ついた大姫を八重に預ける。
: 頼朝と義経の仲が険悪になると、頼朝の本意を汲み取り、関係修復の手助けを義時や時政に頼む。また、頼朝の前で義経を想う舞を披露した静御前に女の覚悟を感じ、頼朝が挙兵した頃の自信と重ね合わせて、静御前を頼朝から庇う。
: 八重とは義時と結婚後に良好な関係を築き、頼朝が義時に向かってわざと八重と過ごした日々の話をすると、頼朝を一喝する。また、八重が亡くなった後は御所に戻らない義時を心配し、変装して江間館へ向かい、昔話などをして励ます。
: 頼朝が征夷大将軍に任じられると、頼朝と2人で喜びを分かち合う。同じ年、第四子となる千幡(実朝)を出産する。実衣から、頼朝が比企から送り込まれた比奈にぞっこんになっていることを聞くと、北条と比企の架け橋になることを期待し、比奈を義時と娶せようとする。富士の巻狩りにて万寿が鹿を仕留めたという報告を受けると、比企一族の前では当たり前のことだと言い放つが、裏では大姫と共に万寿を誉める。
: 大姫が入内を決意すると、頼朝に従って上洛し、大姫と共に丹後局と対面する。しかし、丹後局からの叱責を受け、都の洗礼を受ける。その後、大姫が若くして亡くなると、悲しみに打ちひしがれる。頼朝が落馬する直前には頼家を託され、頼朝が昏睡状態に陥いると付きっ切りで看病をする。頼朝が亡くなると、跡継ぎを頼家と全成のどちらにするか決めるよう義時に頼まれ、一度は政への介入を拒むが、最終的には頼家を次の鎌倉殿と定める。しかし、この事で全成を押していた時政りく実衣から反発を受ける。その後、鎌倉を去ろうとする義時を思い止まらせ、頼朝の観音像を義時に託す。
: [[出家|落飾]]して尼御台となると、頼家の正室であるつつじに御台所としての心構えを説く。また、頼家を補佐する御家人たち宿老が12人まで膨らむと、義時を13人目のメンバー宿老とする。
; [[亀の前|亀]](かめ)
: 演:[[江口のりこ]]
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: 頼朝の寵愛を受けるが出自に劣ることもあり、武家の娘である頼朝の先妻・八重や後妻・政子に対抗心を燃やす。
: 安房では漁師の夫・権三がいたが、頼朝にはそれを伝えず召し出される。鎌倉入り後は政子の侍女頭を務める一方、内緒で頼朝と逢瀬を重ねる。素性を隠して侍女となった八重には、頼朝の寝室へ膳を運ばせ寵愛を見せつけて牽制する。
: 頼朝から屋敷を与えられるが、亀の存在を知った政子に「後妻打ち」として屋敷を燃やされる。直前に三浦義村によって逃されたため難を逃れ、一時的に上総広常の屋敷に匿われる。その際、義村からアプローチ接近されるとそれを受け入れ、広常には色目を使う。
: のちに新たな邸宅を与えられ、政子の来訪を受ける。政子に頼朝から身を引くことを約束する一方、坂東の女から憧れられる御台所として恥ずかしくない教養を身につけるよう忠告する。
; [[千鶴御前|千鶴丸]](せんつるまる)
: 演:[[太田恵晴]]
: 頼朝と八重の息子。
: 祖父・伊東祐親が京の大番役のため留守の間、流人だった頼朝と祐親の娘・八重が密かに通じ生まれた子。頼朝が祐親の追手から逃れたため八重とともに館にいたが、清盛に知られるのを恐れた祐親の命により、善児に川遊びとして連れ出され水に沈められる。
: 亡骸は伊豆山権現社で丁重に葬られる。
; [[大姫 (源頼朝の娘)|大姫]](おおひめ)
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: 北条館で生まれる。間もなく頼朝が挙兵すると、政子らとともに伊豆山権現社に匿われ、のちに鎌倉入りする。
: 人質として鎌倉入りした義仲の嫡男・義高の[[許嫁]]となる。義仲が討たれ義高の命が危うくなると、頼朝の前で喉元に短刀を突きつけ義高の助命を懇願するが、願いは叶わず心を閉ざす。その後、八重のもとに預けられるが、八重のもとに相談にやってきた頼朝が義高を殺したことについて話すのを偶然聞いてしまう。
: のちに笑顔を取り戻すものの、セミの抜け殻を見るとすぐに義高を思い出してトラウマす[[心的外傷]]が蘇るようになる。静御前が捕縛されて鎌倉に移送されてくると義時に助けを求める。その後、[[源氏物語]]の登場人物・'''[[葵の上|葵]]'''(あおい)を名乗り、「元気になる[[魔術|おまじない]]」と称して[[虚空蔵菩薩]]([[如意宝珠]])の[[真言]]を唱えるなど、[[霊性]]([[スピリチュアリティ|スピリチュアル]]女子」的な言動をするようになる{{Refnest|group="*"|{{Cite web|author=高堀冬彦|authorlink=高堀冬彦|url=https://www.dailyshincho.jp/article/2022/06191100/?all=1|title=〈鎌倉殿の13人〉気鬱に悩まされ、ニ十歳で病死 父・頼朝に翻弄され続けた「大姫」の実像とは|date=2022-06-19|website=[[デイリー新潮]]|publisher=新潮社|accessdate=2022-06-22}}}}。八重が川に流されたと聞いた際には、助からないと口にする。
: その後も義高への想いを引きずり、一条高能との婚礼を断るが、自身の中にある義高の面影が薄れていることに不安を感じ、和田義盛のもとで暮らす巴御前に相談する。巴御前から励ましを受けると前に進むことを決め、父や母のために後鳥羽天皇へ嫁ぐ決意をする。しかし、上洛して丹後局と対面した際、政子ともども入内に対する見通しの甘さを徹底的に指摘されたため、その夜に失踪騒ぎを起こす。三浦義村に発見されるものの、雨の中を逃げていたために発熱し、鎌倉に戻って以降も床に伏す。死ねば義高に会えるという考えに至ったことで体が生きることを拒み、体調が回復することのないまま、上洛の2年後に20歳の若さでこの世を去る。
; [[三幡]](さんまん)
: 演:[[太田結乃]] → [[東あさ美]]
: 頼朝と政子の次女。源頼家の妹。千幡(実朝)の姉。
: 姉である大姫が亡くなったことで入内計画を引き受け継ぐが、父・頼朝の死の半年後に病死する
; [[源実朝|千幡]](せんまん)
: 演:[[吉川魁理]] → [[土橋蓮]] → [[水戸部巧芽]]