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{{Infobox graphic novel
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|publisher = {{仮リンク|カステルマン|en|Casterman}}
|date={{plainlist|
* 1938年(モノクロ版)
* 1943年(カラー版)
* 1966年(再リメイク版)}}
|series = [[タンタンの冒険|タンタンの冒険シリーズ]]
|creators = [[エルジェ]]
|origlanguage = フランス語
|origpublication = {{仮リンク|20世紀子ども新聞|en|Le Petit Vingtième}}
|origdate = 1937年4月15日 – 1938年6月16日
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|transpublisher = [[福音館書店]]
|transdate = 1983年
|transisbn = 978-4-8340-0925-5
|translator = [[川口恵子 (翻訳家)|川口恵子]]
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|previous-date = 1937年
|next = [[オトカル王の杖]]
|next-date = 1939年
}}
『'''黒い島のひみつ'''』(
当初、[[ナチスドイツ]]の拡張主義を風刺することをテーマに東欧を舞台とした作品を構想していたエルジェであったが、一旦後回しにしてイギリスを舞台にした物語に着手した(東欧での冒険は次作『[[オトカル王の杖]]』で描かれる)。推理小説のような巧みなプロットとイギリスという舞台はシリーズでも屈指の人気を誇ったが、一方で批評家の間では批判意見もまま見られた。また、これまでのタンタンは[[ジャーナリスト]]([[報道記者]])として事件を追っていたが、本作より探偵や冒険家として活動するようになる。
本作は1940年代に始まった[[リーニュクレール]]の技法を用いたシリーズ過去作のカラー化の最初の作品の1つであり、これは1943年に出版された。また、英語版の刊行にあたってイギリスの出版社より、イギリスの描写の修正を要求され、これを受けて1966年に再リメイク版が刊行された。また、1956年のアニメ『[[チンチンの冒険 (テレビアニメ)|エルジェのタンタンの冒険]]』及び、1991年にはカナダのアニメーション製作会社の[[ネルバナ]]とフランスのEllipseによるテレビアニメシリーズ『[[タンタンの冒険 (テレビアニメ)|タンタンの冒険]]』において映像化されている。
日本語版は、1968年に[[主婦の友社]]から[[阪田寛夫]]訳で『ブラック島探険』というタイトルで出版されたものが初訳である。日本語版として広く流通している[[福音館書店]]版([[川口恵子 (翻訳家)|川口恵子]]訳)は、1983年にカラー版(1966年版)を底本にして出版された。刊行順序が異なる日本語版においては、本作がシリーズの第1作目であった。
== あらすじ ==
[[ベルギー]]の片田舎を散歩していたタンタンは、一台の軽飛行機が不時着する現場に出くわす。その飛行機に不審感を抱きつつ、パイロットを助けようと声を掛けると、突然、彼に拳銃で撃たれ意識を失う。病室で目を覚ましたタンタンは、訪ねてきた旧知のインターポールの刑事{{仮リンク|デュポンとデュボン|en|Thomson and Thompson}}から、タンタンを撃った飛行機は、その後飛び立ったが、イングランドの[[サセックス]]で墜落したと教えられる。回復して退院したタンタンは、この一件を調査することを決意する。
イギリス・[[ドーバー (イギリス)|ドーバー]]行きのフェリーに乗るため、港湾都市[[オーステンデ]]に向かう列車の中で、タンタンは同乗していた2人組の男たちによって暴行と強盗の濡れ衣を着せられてしまう。居合わせたデュポンとデュボンに逮捕されるが、隙を見て逃げ出し、何とかイギリスへとたどり着く。しかし、再び男たちに襲われ、殺されかける。愛犬スノーウィの活躍で助かり、やがてサセックスの墜落現場に到着すると現場を調べる。そこでパイロットのジャケットから破れたメモを見つけ、その情報から精神病院を経営するドイツ人のJ. W. ミュラー博士の邸宅にたどり着く。ミュラーの部下に、命を狙ってきた2人組の男たちもおり、タンタンは彼が今回の一件の犯人だと確信を強めるが、彼らに捕まってしまう。偶然から屋敷が火事になったことでミュラーらは逃げ出し、燃える室内に閉じ込められたタンタンであったが、到着した消防隊に救助される。
翌朝、焼け跡を調べるタンタンは、庭で謎の電気ケーブルと赤いビーコンを見つける。これが飛行機に対する合図だと気づいたタンタンは、夜中に装置を作動させる。やってきた飛行機は、合図を見て大きな布袋を落として去り、タンタンがその中身を調べると、それは精巧にできた偽札の束であった。ミュラーらの正体が偽札製造団だと気づいたタンタンは、彼らの行方を追い、何度も近接するが、すんでのところで取り逃がしてしまう。ミュラーらは北上し、最終的には軽飛行機で[[スコットランド]]へと逃れる。自分を捕まえに来たデュポンとデュボンを説得し、共にスコットランドへ向かうタンタンであったが、途中で2人とははぐれてしまった上に、乗った小型飛行機は嵐によってスコットランドの田舎に墜落してしまう。
親切な農民からボロボロになった衣服の代わりに[[キルト]]を貰ったタンタンは、キルトッホという村に着く。そのパブにて、上陸した人間を食ってしまう化け物が住むという、村の沖合にある孤島・黒島の話を聞く。村の漁師は島に行くことを拒否するため、仕方なくタンタンはボートを買い取り、現地へ向かう。島に到着したタンタンは、探索中に一匹のゴリラに襲われ、ボートも無くしてしまい帰る足を失う。やがて、島にある廃城がミュラーら率いる偽札製造団のアジトだと判明し、また上陸後に出くわしたゴリラは、彼らがランコーと名付け、島から人を遠ざけるために放し飼いにしている化け物の正体だとわかる。タンタンは無線で島外に助けを求めつつ、犯人一味を格闘の末に倒し、到着した警官隊によってミュラーらは逮捕される。一方、ランコーは、タンタンとの格闘の最中に腕を骨折してしまい、大人しくなっていた。不憫に思ったタンタンの計らいにより、ランコーは[[グラスゴー]]の動物園に引き取られた。
== 歴史 ==
=== 執筆背景 ===
[[File:Kingkongposter.jpg|thumb|120px|1933年の映画『[[キング・コング (1933年の映画)|キング・コング]]』のポスター。本作に登場したゴリラのランコーは、この[[キングコング]]に影響を受けた。]]
作者の[[エルジェ]](本名:ジョルジュ・レミ)は、故郷ブリュッセルにあったローマ・カトリック系の保守紙『{{仮リンク|20世紀新聞|en|Le Vingtième Siècle}}』(Le Vingtième Siècle)で働いており{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1pp=31–32|2a1=Thompson|2y=1991|2pp=24–25}}、同紙の子供向け付録誌『{{仮リンク|20世紀子ども新聞|en|Le Petit Vingtième}}』(Le Petit Vingtième)の編集とイラストレーターを兼ねていた{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1pp=31–32|2a1=Thompson|2y=1991|2pp=24–25}}。1929年、エルジェの代表作となる、架空のベルギー人の少年記者・[[タンタン (キャラクター)|タンタン]]の活躍を描く『[[タンタンの冒険]]』の連載が始まった。初期の3作は社長で教会の[[アベ (カトリック教会の聖職)|アベ]]であった{{仮リンク|ノルベール・ヴァレーズ|en|Norbert Wallez}}によってテーマと舞台が決められていた{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1pp=22–23|2a1=Peeters|2y=2012|2pp=34–37}}{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1pp=26–29|2a1=Peeters|2y=2012|2pp=45–47}}{{sfn|Thompson|1991|p=46}}。その後、ヴァレーズは解任され、エルジェは一時は辞職も考えたが、昇給とイラストレーターへの専業という好条件で引き留められ、引き続き『20世紀子ども新聞』でタンタンを続けることとなった{{sfnm|1a1=Assouline|1y=2009|1pp=40–41|2a1=Peeters|2y=2012|2pp=67–68}}。
第7作目となった本作は、当初[[ナチスドイツ]]の拡張主義を風刺する物語を構想していた{{sfn|Thompson|1991|p=76}}。
しかし、白い景色や雪に埋もれた車の夢を見て、次は北方を舞台とすることを思いつき、ナチスの風刺作品は一旦脇において、とりあえず[[グリーンランド]]や[[クロンダイク (ユーコン準州)|クロンダイク]]を候補地とした{{sfn|Thompson|1991|p=76}}。
この結果として本作『黒い島のひみつ』が製作されることになったが、旅の最北地はスコットランド止まりとなり、雪に埋もれた車のアイデアはグリーティングカードに転用された{{sfn|Thompson|1991|p=77}}。
また、当初構想では、今度の敵をヨーロッパの象徴的な建物を破壊する[[アナキズム|無政府主義者]]の集団とするアイデアもあったが、見送られた{{sfn|Goddin|2008|p=7}}。
今作の大部分をイギリスで展開することを決めたエルジェが、同地をよく知るために、[[ロンドン]]や南部の海岸地をごく短期間訪れた。この旅行中に購入したステンレス製の{{仮リンク|ジロット|en|Gillott's}}社のGペン「Inqueduct G-2」は、その後、生涯にわたって使い続けることとなった{{sfn|Goddin|2008|pp=8, 11}}。
エルジェはイギリスを肯定的に描いたが、これは幼少期から{{仮リンク|親英|label=親英家|en|Anglophile}}だった影響もある。イギリスは1831年のベルギー独立を支援し、[[第一次世界大戦]]におけるドイツからのベルギー解放にも貢献した、歴史的な友好国であった{{sfn|Farr|2001|p=71}}。
本作は当初の構想から大きな変更を伴ったものの、悪役を、その後もしばしばシリーズに登場するドイツ人のミュラー博士とすることで、一定の反独感情は残している{{sfn|Thompson|1991|p=77}}{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=40}}。ミュラーは本来、次作『[[オトカル王の杖]]』で登場させる予定であった{{sfn|Thompson|1991|p=77}}。
偽札製造は当時話題となっていた題材であり{{sfn|Thompson|1991|p=77}}、偽札製造者であるミュラーのモデルは、ナチス政権を支持したスコットランドの贋作者{{仮リンク|ゲオルグ・ベル|de|Georg Bell}}である。エルジェは、1934年2月に急進派雑誌『La Crapouillot』でルーブル紙幣の偽造によってソ連経済に打撃を与えようとした彼のことを知った{{sfn|Farr|2001|p=71}}{{sfn|Farr|2007|p=113}}。
ただ、ミュラーの手下たちにはイワンなど、ロシア人を示唆する名前が与えられている{{sfn|Farr|2001|p=71}}。
悪党が迷信を流布することでアジトを秘匿するという手法は、よくある物語の型であり、『[[タンタン ソビエトへ]]』でも見られたものであった{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=41}}。
ゴリラのランコーは、当時、大きな話題のあった、映画『[[キング・コング (1933年の映画)|キングコング]]』(1933年)の巨大猿[[キングコング]]と、[[ネス湖]]の[[ネッシー]]がモデルになっている{{sfnm|1a1=Peeters|1y=1989|1p=56|2a1=Thompson|2y=1991|2p=77|3a1=Farr|3y=2001|3p=71|4a1=Peeters|4y=2012|4p=91}}。
また、[[ガストン・ルルー]]による1911年の著作、及びその1913年の映画に登場したゴリラのBalaooもモデルの可能性がある{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=41}}。
また、プロットとテーマは、アルフレッド・ヒッチコックの1935年の映画『[[三十九夜]]』からも影響を受けている。この映画は、[[ジョン・バカン]]の1915年の冒険小説『[[三十九階段]]』を映画化したものであった{{sfn|Peeters|2012|p=91}}。
===
本作は1937年4月15日から11月16日まで『20世紀子ども新聞』誌上で連載された。当初のタイトルは『Le Mystère De L'Avion Gris(灰色の飛行機の謎)』であった{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|pp=39–40}}。
また、1938年4月17日にはフランスのカトリック系紙『Cœurs Vaillants』にも連載された{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=39}}。
そして完結後の1938年に{{仮リンク|カステルマン|en|Casterman}}社より、『L'Île noire(黒い島)』と改題して、書籍版が出版された{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=39}}。
ただ、特に表紙に自分の名前が載っていなかったなど、この書籍版は全般的に誤りが含まれていたためにエルジェにとって不満の残るものであった{{sfn|Assouline|2009|p=59}}。
オリジナル版時点で、作中にテレビが登場したことは多くの読者を驚かせた。イギリスでは[[英国放送協会]](BBC)が試験放送を開始したばかりの時期であり、ベルギーにテレビが導入されるのは1955年のことであった{{sfn|Peeters|1989|p=56}}。
=== カラー化(1943年)と再リメイク版(1966年) ===
1940年代から1950年代にかけてエルジェの人気が高まると、エルジェはスタジオのチームと共に、今までのモノクロ版をカラーにリニューアルする作業に着手した。この作業ではエルジェが開発した[[リーニュクレール]]{{efn|[[リーニュクレール]](ligne claire)という名前は、エルジェ自身の命名ではなく、1977年に漫画家の[[:en:Joost Swarte|Joost Swarte]]によって名付けられた{{sfn|Pleban|2006}}。}}の技法が用いられた。本作はこの企画の最初の作品の1つであり、1943年にカステルマン社より当初の124ページから60ページのボリュームに変更されて刊行された{{sfn|Peeters|1989|p=56}}。
カラー化に際し、彩色以外にも大きな改変を伴った過去作とは異なり、本作では大きな描き直しはなかったが{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=39}}、テレビの描写が、未だモノクロしかなかった時代に、[[カラーテレビ]]として描き直されている{{sfn|Farr|2001|p=72}}。
1960年代の頭に、イギリスの出版社である{{仮リンク|メシュエン|en|Methuen Publishing}}は、イギリス市場向けにタンタンシリーズの輸入・翻訳を企画した。この時、イギリスを舞台にした本作について、イギリス人の読者は、その不正確で時代遅れな部分を気にすると考え、メシュエンは131の訂正箇所をリストアップし、エルジェに修正依頼を行った{{sfn|Farr|2001|p=72}}。
他にも、(当時として)直近の作品にあたる『[[月世界探険]]』(1954年)や『[[ビーカー教授事件]]』(1956年)などと比べて20年以上前に出版された本作が古臭く感じられてしまうことも念頭にあった{{sfn|Peeters|1989|p=56}}。
当時のエルジェは、第22作目『[[シドニー行き714便]]』の制作に追われており、今のイギリスの社会や文化を調査する時間はなかった。そこで、アシスタントの{{仮リンク|ボブ・ド・ムーア|en|Bob De Moor}}を、1961年10月に現地に派遣し、彼は{{仮リンク|ベイトマンズ|en|Batemans}}や[[ドーバーの白い崖]](ホワイト・クリフ)を訪れ、また衣服や建築物について観察した。
さらにド・ムーアは、正確な描写のために実物の制服も手に入れようとし、イギリス警察より制服を貸与してもらうことに成功したが、一方で[[イギリス国鉄]]への鉄道員服の依頼は社員に怪しまれ、拒否された{{sfnm|1a1=Thompson|1y=1991|1pp=77–78|2a1=Farr|2y=2001|2pp=72, 75|3a1=Peeters|3y=2012|3p=91}}。
[[File:Hawker Siddeley HS-121 Trident 1C, BEA - British European Airways AN2197445.jpg|thumb|1965年版に登場した[[英国欧州航空]][[ホーカー・シドレー トライデント]]の実物写真。]]
この再リメイク版は1965年6月から12月まで当時のシリーズ掲載誌であった『{{仮リンク|タンタン・マガジン|en|Tintin (magazine)}}』誌に連載され、1966年にカステルマンから書籍版が出版された{{sfn|Peeters|2012|p=293}}。
スタジオは、ド・ムーアの取材結果をもとに絵に多くの変更を行ったが{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=39}}、ほとんどはスタッフによって行われ、エルジェ本人が担当した部分はキャラクターだけであった{{sfn|Thompson|1991|p=78}}。
登場人物たちの衣服は再リメイク版当時のものに一新され、警官は銃を携帯していないように直された{{sfn|Farr|2001|p=78}}。列車は、蒸気機関車から、近代的なディーゼル車や電車に置き換えられ{{sfn|Farr|2001|p=77}}、本作に登場した様々な飛行機もスタジオの{{仮リンク|ロジャー・ルルー|en|Roger Leloup}}によってそれぞれ描き直された。{{仮リンク|パーシヴァル プレンティス|en|Percival Prentice}}、[[デ・ハビランド・カナダ DHC-1|チップマンク]]、[[セスナ 150]]、[[デ・ハビランド DH.82 タイガー・モス|タイガー・モス]]、[[英国欧州航空]][[ホーカー・シドレー トライデント]]などであり、これらは当時主流の機体であった{{sfnm|1a1=Thompson|1y=1991|1p=78|2a1=Farr|2y=2001|2p=75}}。
既に西欧ではテレビが普及していたがために、「It's a television set!(これはテレビだ!)」というセリフは「It's only a television set!(ただのテレビだ!)」に置き換えられた。ただ、当時のイギリスではまだカラーテレビが普及しておらず、モノクロテレビに戻った{{sfn|Farr|2001|p=72}}。
また、タンタンが発見した偽札は1ポンドから5ポンド紙幣になった{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=41}}。
他の修正点としては登場する地名などの固有名詞が変更され、パドルコム(Puddlecombe)はリトルゲートに、イーストベリーはイーストダウンに、終盤に登場するパブの店名は「イェ・ドルフィン(Ye Dolphin)」から「ザ・キルトック・アームズ(The Kiltoch Arms)」になった{{sfn|Farr|2001|p=78}}。
タンタンのセリフが穏やかなものに修正されている箇所もあり、犯人一味の2人に拳銃を突きつけるシーンでは、オリジナルが「One more step and you're dead!(一歩でも動いてみろ、お前は死ぬぞ)」だったのに対し、「Get back! And put up your hands!(戻れ! 手を上げろ!)」に修正されている{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=41}}。
些細な点としては、作中に登場したウィスキーの広告は、オリジナル版では実在するブランドである[[ジョニー・ウォーカー]]であったが、リメイク版では架空の「ロッホ・ローモンド」に変わり{{sfn|Farr|2001|p=77}}、11ページにはサセックス郡議会の標識が追加された{{sfn|Farr|2001|p=77}}。
また、本来は1963年の『[[カスタフィオーレ夫人の宝石]]』で初登場した2人の記者クリストファーとマルコが、一部シーンの背景に描き加えられている{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=41|2a1=Farr|2y=2001|2p=78}}。
=== その後の出版歴 ===
カステルマン社は、1980年に、エルジェ全集の一環としてオリジナルのモノクロ版を出版した{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=40}}。
その後、さらに1986年にオリジナル版の複製版を出版し{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=40}}、1996年には1943年に発行された旧カラー版の複製版も出版した{{sfn|Farr|2001|p=78}}。
日本語版は、1968年に[[阪田寛夫]]訳として[[主婦の友社]]から出版されたものが最初である。タイトルは『ブラック島探険』であり、シリーズ名は『ぼうけんタンタン』であった。シリーズ全24作を全訳した[[福音館書店]]版はカラー版(1966年版)を底本に、1998年に[[川口恵子 (翻訳家)|川口恵子]]訳で出版された。福音館版は順番が原作と異なっており、本作がシリーズの第1作目であった<ref>{{cite web |title=ファラオの葉巻 |url=https://www.fukuinkan.co.jp/book/?id=469 |website=福音館書店 |access-date=2023/5/1}}</ref>。
== 書評と分析 ==
{{仮リンク|ハリー・トンプソン|en|Harry Thompson}}は、イギリス自体を「少し変わった所(little quaint)」というように描きながら、「これまで欠けたことのない、イギリス人への敬意」というエルジェ自身の考えが本作には表現されているとしている{{sfn|Thompson|1991|p=77}}。
また、芸術面でもコメディ面でも「前作を凌駕している」と評し{{sfn|Thompson|1991|p=79}}、「最も人気のあるタンタンの物語の1つである」と述べている{{sfn|Thompson|1991|p=80}}。
また、荒唐無稽なドタバタ劇は「1920年代のタンタンの最後の輝き」を見いだせるとしつつ{{sfn|Thompson|1991|p=79}}、1966年版を「素晴らしい作品であり、最も美しく描かれたタンタンの1作である」と評している{{sfn|Thompson|1991|p=78}}。
{{仮リンク|マイケル・ファー|en|Michael Farr}}は本作の「特筆すべきクオリティと、特別な人気の高さ」について言及している{{sfn|Farr|2001|p=72}}。
ファーは、オリジナル版において多くの飛行機と、またテレビが登場したことはエルジェの革新性とモダニズムへの関心の表れを示していると指摘した{{sfn|Farr|2001|p=72}}。
また、1943年版と1966年版の違いについても言及し、後者は1960年代のスタジオ・エルジェの芸術的才能を「強く代表するもの」と評しつつ、オリジナルにあった「自発性と詩的な美しさ」が「やたら詳細で、騒々しいほど正確な」イラストに取って代わられ、作品のクオリティが落ちてしまったとも述べている{{sfn|Farr|2001|p=78}}。
Jean-Marc と Randy Lofficierは、本作を「巧妙な(clever)リトル・スリラー」と評し、当時盛況であった探偵小説との共通点が多いとしている{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=42}}。ただ、1966年版については「より巧妙になった(slickness)」ものの、雰囲気が劣化したとし、5点満点中2点とした{{sfnm|1a1=Lofficier|1a2=Lofficier|1y=2002|1p=42}}。
エルジェの伝記を書いた[[ブノワ・ペータース]]は、本作を「純粋な探偵小説」とし、偽造団や飛行機、テレビといった現代要素に、迷信や古城の謎を対比させ、「驚くほどよく構成されている」と評した{{sfn|Peeters|1989|p=55}}。
また、{{仮リンク|デュポンとデュボン|en|Thomson and Thompson}}が絶好調であるように、「ツイストとターンに満ちたアドベンチャー」と評した{{sfn|Peeters|2012|p=91}}。
一方で、1966年版は以前の版より「魅力に欠ける」とも評している{{sfn|Peeters|1989|p=59}}。
特に「近代化という名目で、本当の大虐殺が起こった」と述べ、「新しい黒い島は単なる失敗作ではなく、何度も描き直すことに執着するという、エルジェ・システムの限界の1つを示したのだ」と強く批判した{{sfn|Peeters|2012|pp=293–294}}。
== 翻案 ==
1957年にブリュッセルのアニメーションスタジオ、[[ベルヴィジョン・スタジオ]]による『エルジェのタンタンの冒険』においてアニメ化された(日本語版は『[[チンチンの冒険 (テレビアニメ)|チンチンの冒険]]』)。1話5分、全6話構成のモノクロ作品であり、原作からはかなり改変がなされていた{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=87}}。
1991年から1992年に掛けて放映されたカナダのアニメーション製作会社のネルバナとフランスのEllipseによる『{{仮リンク|タンタンの冒険 (テレビアニメ)|label=タンタンの冒険|en|The Adventures of Tintin (TV series)}}』(Les Aventures de Tintin)において映像化された{{sfn|Lofficier|Lofficier|2002|p=90}}。
1992年、イギリスのBBCのラジオ版であるRadio 5にて、ラジオドラマとして放送された。プロデューサーはジョン・ヨーク、タンタンの声をリチャード・ピアース、スノーウィをアンドリュー・サックスが担当した<ref>{{Cite web |url=http://www.tintinologist.org/guides/radio/ |title=The Adventures of Tintin: BBC Radio Adaptations |last=Martin |first=Roland |date=2005-08-28 |website=tintinologist.org |access-date=2017-10-07}}</ref>。
2010年3月19日、イギリスのテレビ局[[チャンネル4]]は、『ドム・ジョリーと黒い島』と題するドキュメンタリーを放映した。この番組では、タンタンに扮したコメディアンの{{仮リンク|ドム・ジョリー|en|Dom Joly}}が、オステンドからサセックス、最後にスコットランドと、本作におけるタンタンの旅路を追体験するというものであった。ティム・ダウリングは、ガーディアン紙におけるこの番組のレビューにおいて「この番組は楽しくもあり、魅力的でもあり、世界中のタンタンファンへのささやかな贈り物だ。タンタンの専門家(Tintinologist)でも知らない多くのことを、彼や彼女たちがここで学ばないなんて事態を私は恐れる」とコメントしている{{sfn|Dowling|2010}}。
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Reflist|group="注釈"}}
=== 出典 ===
{{Reflist|30em}}
== 参考文献 ==
{{refbegin|30em}}
* {{cite book |title=The Metamorphoses of Tintin, or Tintin for Adults |last=Apostolidès |first=Jean-Marie |others=Jocelyn Hoy (translator) |year=2010 |orig-year=2006 |publisher=Stanford University Press |location=Stanford |isbn=978-0-8047-6031-7 }}
* {{cite book |title=Hergé, the Man Who Created Tintin |last=Assouline |first=Pierre |others=Charles Ruas (translator) |year=2009 |orig-year=1996 |publisher=Oxford University Press |location=Oxford and New York |isbn=978-0-19-539759-8 }}
* {{cite news |title=Dom Joly and the Black Island |last=Dowling |first=Tim |work=The Guardian |date=19 March 2010 |url=https://www.theguardian.com/tv-and-radio/2010/mar/19/dom-joly-and-the-black-island-review |access-date=1 January 2014 |archive-url=https://web.archive.org/web/20151018083435/http://www.theguardian.com/tv-and-radio/2010/mar/19/dom-joly-and-the-black-island-review |archive-date=18 October 2015 }}
* {{cite book |title=Tintin: The Complete Companion |last=Farr |first=Michael |author-link=Michael Farr |year=2001 |publisher=John Murray |location=London |isbn=978-0-7195-5522-0 }}
* {{cite book |title=The Art of Hergé, Inventor of Tintin: Volume I, 1907–1937 |last=Goddin |first=Philippe |author-link=Philippe Goddin |others=Michael Farr (translator) |year=2008 |publisher=Last Gasp |location=San Francisco |isbn=978-0-86719-706-8 }}
* {{cite book |title=The Black Island |last=Hergé |author-link=Hergé |year=1966 |orig-year=1938 |others=Leslie Lonsdale-Cooper and Michael Turner (translators) |publisher=Egmont |location=London |isbn=978-1-4052-0618-1 |url=https://books.google.com/books?id=iVhFOwAACAAJ }}
* {{cite book |title=The Pocket Essential Tintin |last1=Lofficier |first1=Jean-Marc |last2=Lofficier |first2=Randy |year=2002 |publisher=Pocket Essentials |location=Harpenden, Hertfordshire |isbn=978-1-904048-17-6 }}
* {{cite book |title=Tintin and the Secret of Literature |last=McCarthy |first=Tom |author-link=Tom McCarthy (novelist) |year=2006 |publisher=Granta |location=London |isbn=978-1-86207-831-4 }}
* {{cite book |title=Tintin and the World of Hergé |last=Peeters |first=Benoît |author-link=Benoît Peeters |year=1989 |publisher=Methuen Children's Books |location=London |isbn=978-0-416-14882-4 }}
* {{cite book |title=Hergé: Son of Tintin |last=Peeters |first=Benoît |author-link=Benoît Peeters |others=Tina A. Kover (translator) |year=2012 |orig-year=2002 |publisher=Johns Hopkins University Press |location=Baltimore, Maryland |isbn=978-1-4214-0454-7 }}
* {{cite book |title=Tintin: Hergé and his Creation |last=Thompson |first=Harry |author-link=Harry Thompson |year=1991 |publisher=Hodder and Stoughton |location=London |isbn=978-0-340-52393-3 }}
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== 外部リンク ==
*[http://en.tintin.com/albums/show/id/31/page/0/0/the-black-island ''The Black Island''] at the Official Tintin Website
*[http://www.tintinologist.org/guides/books/07blackisland.html ''The Black Island''] at Tintinologist.org
* [http://www.imdb.com/title/tt0837210/ ''The Black Island''], TV-series part 1 at [[IMDb]]
* [http://www.imdb.com/title/tt0837211/ ''The Black Island''], TV-series part 2 at [[IMDb]]
{{タンタンの冒険}}
{{DEFAULTSORT:くろいしまのひみつ}}
[[Category:漫画作品 く|ろいしまのひみつ]]
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[[Category:飛行機を題材とした作品]]
[[Category:通貨偽造を題材とした作品]]
[[Category:1937年の漫画]]
[[Category:1930年代の書籍]]
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