「ハウスドルフ次元」の版間の差分
削除された内容 追加された内容
m →自己相似集合: 出典ページの明示 タグ: 2017年版ソースエディター |
編集の要約なし |
||
(2人の利用者による、間の18版が非表示) | |||
1行目:
[[File:SierpinskiTriangle-ani-0-7.gif|thumb|250px|[[フラクタル図形]]の一種である[[シェルピンスキー・ガスケット]]の構成過程の様子。この過程を無限回繰り返して得られる図形のハウスドルフ次元は {{Sfrac|log 3|log 2}} = 1.5849… である。]]
ハウスドルフの後に、{{仮リンク|アブラム・ベシコビッチ|en|Abram Besicovitch}}が研究を深めて更に明確化した。そのため、'''ハウスドルフ・ベシコビッチ次元'''(ハウスドルフ・ベシコビッチじげん、{{Lang-en-short|Hausdorff-Besicovitch dimension|links=no}})とも呼ばれる。[[フラクタル幾何学]]や[[実解析]]で重要な役割を果たし、特にフラクタル幾何学では最重要概念の一つである。一般的に与えられた集合のハウスドルフ次元を決定するのは困難であるが、[[自己相似集合]]などの一部の[[クラス (集合論)|クラス]]の集合では求め方が確立している。確定的な定義ではないが、ハウスドルフ次元が位相次元より大きな集合がフラクタルと定義づけられる。
==背景==
一般的な「[[次元]]」という言葉は、現実世界の空間が高さ・幅・奥行きの3つから成るので3次元と呼ぶ考え方に立脚している{{Sfn|山口|1986|p=183}}。この考え方の延長上で、平面は縦・横から成るので2次元で、直線や線分は1次元であるという風に考えられてきた{{Sfn|山口|1986|p=183}}。数学の世界でも、19世紀終わり近くまで、点が 0 次元、直線が 1 次元、平面が 2 次元、…という素朴な次元の概念しか存在しなかった{{Sfn|石村・石村|1990|p=68}}。しかし、19世紀後半に、[[ゲオルク・カントール]]が平面上の点と直線上の点が[[1対1対応]]を持つことを、[[ジュゼッペ・ペアノ]]が単位区間から正方形の上への[[連続写像]]を構成できることを発見し、数学界で次元の概念の再考が迫られた{{Sfnm|マンデルブロ |2011|1pp=368–367|石村・石村|1990|2p=68}}<ref>{{Cite book ja-jp |editor = 瀬山 士郎 |title = なっとくする集合・位相 |url = https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000148750 |publisher = サイエンス社 |year = 2001 |isbn = 978-4-06-154534-2 |pages = 115–117}}</ref>。その後、[[位相的性質|位相不変]]で整数値を取る[[位相次元]](正確には[[ルベーグ被覆次元|被覆次元]]、[[帰納次元|大きな帰納的次元]]、[[帰納次元|小さな帰納的次元]]がある{{Sfn|石村・石村|1990|p=92}})が、次元の精密な定義として導入された{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=3|山口|1986|2p=183}}。
[[File:Hausdorff 1913-1921.jpg|thumb|x230px|[[フェリックス・ハウスドルフ]]]]
一方、「長さ」「面積」「体積」といった直感的概念についても一般の集合に拡張させる動きが、19世紀末から20世紀初頭にかけて[[エミール・ボレル]]や[[アンリ・ルベーグ]]によって進められた{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=3|ファルコナー|1989|2p=iv}}。1914年、[[コンスタンティン・カラテオドリ]]は {{Mvar|n}} 次元[[ユークリッド空間]]内の {{Mvar|s}} 次元測度を定義した{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=3}}。カラテオドリの定義では {{Mvar|s}} は整数値であった<ref>{{Cite journal | author = A. S. Besicovitch | year = 1950 | title = Parametric Surfaces | journal = Bulletin of the American Mathematical Society | volume = 56 | page = 288 | publisher = American Mathematical Society | issn = 1088-9485 | doi = 10.1090/S0002-9904-1950-09402-6 | url = https://www.ams.org/journals/bull/1950-56-04/S0002-9904-1950-09402-6/S0002-9904-1950-09402-6.pdf }}</ref>。1919年、カラテオドリの仕事を引き継いだ[[フェリックス・ハウスドルフ]]は、カラテオドリの定義は非整数の {{Mvar|s}} に対しても意味があることを指摘し、後に'''ハウスドルフ次元'''({{Lang-en-short|Hausdorff dimension|links=no}})と呼ばれる非整数次元を導入した{{Sfnm|ファルコナー|1989|1p=iv|山口・畑・木上|1993|2p=3}}。ハウスドルフは、[[カントールの3進集合]]のハウスドルフ次元が {{Math|{{Sfrac|log 2|log 3}} {{=}} 0.6309…}} であることを実際に示してみせた{{Sfn|ファルコナー|1989|p=iv}}。
ハウスドルフの後に、ハウスドルフ次元および[[ハウスドルフ測度]]の概念を明確化を担ったのは{{仮リンク|アブラム・ベシコビッチ|en|Abram Besicovitch}}である<ref name="EoM">{{Cite web |url= https://encyclopediaofmath.org/wiki/Hausdorff_dimension |title= Hausdorff dimension |work = Encyclopedia of Mathematics |publisher = EMS Press |accessdate=2023-09-26}}</ref>。そのため、彼の名も取ってハウスドルフ次元は'''ハウスドルフ・ベシコビッチ次元'''({{Lang-en-short|Hausdorff-Besicovitch dimension|links=no}})とも呼ばれる<ref name="EoM"/>。ハウスドルフ測度とそれを使った幾何学の数学的成果の多くはベシコビッチによって与えられた{{Sfn|ファルコナー|1989|p=v}}。[[ブノワ・マンデルブロ]]は「ハウスドルフが標準的でない次元の父であったのに対し、ベシコビッチは、その母であった」と評している{{Sfn|マンデルブロ |2011|p=266}}。
そのマンデルブロは、自然の海岸線や樹木の形の数学的理想化として、カントールの3進集合や[[コッホ曲線]]や[[ワイエルシュトラス関数]]などの以前より報告されていた特異な数学的[[集合]]の総称として、[[フラクタル]]という概念と名称を与えた{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=1|山口|1986|2p=149}}。マンデルブロは、1977年のエッセイ「Fractals: Form, Chance and Dimension」で、ハウスドルフ次元が位相次元よりも大きい集合をフラクタルの数学的な定義とした{{Sfn|マンデルブロ |2011|p=258}}。1982年の著書「The Fractal Geometry of Nature」でフラクタルの概念は一躍有名となり、フラクタルは各分野で研究され始めた{{Sfn|石村・石村|1990|p=i}}。次元は[[フラクタル幾何学]]の中心的概念であり、その中でも最重要なのがハウスドルフ次元である{{Sfn|Falconer|2006|p=34}}。ハウスドルフ測度およびハウスドルフ次元はフラクタル幾何学や[[実解析]]で重要な役割を果たす{{Sfn|新井|2023|p=198}}。
==定義==
===ハウスドルフ測度===
[[File:Diameter of a set in metric space.svg|thumb|250px|部分集合 ''X'' の[[直径]] {{Abs|''X''}} ]]
次元を定義したい図形として、{{Mvar|n}}-次元[[ユークリッド空間]] {{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 上の[[空集合|空]]ではない[[部分集合]] {{Mvar|X}} を考える{{Sfnm|Falconer|2006|1p=34|山口・畑・木上|1993|2p=6}}。ユークリッド空間に限定せずに、一般の[[距離空間]]でもよい{{Sfn|マンデルブロ |2011|p=263}}。{{Mvar|X}} 上の 2 点 {{Math|''x'', ''y''}} の[[ユークリッド距離]]を {{Math|''d''(''x'', ''y'')}} で表す。集合 {{Mvar|X}} の[[直径]]を次で定義する。
:<math> \left \vert X \right \vert = \sup \{ d(x, y) \ | \ x,y \isin X \}</math>
ここで {{Math|sup}} は[[順序集合|上限]]を意味し、{{Math|''d''(''x'', ''y'')}} は {{Mvar|x}} と {{Mvar|y}} の[[ユークリッド距離]]である{{Sfnm|Falconer|2006|1pp=3, 34|石村・石村|1990|2pp=78, 104–105}}。単純に言えば、直径とは集合 {{Mvar|X}} の中のもっとも離れた2点間の距離を意味している{{Sfn|石村・石村|1990|p=106}}。
[[File:Delta-covering for Hausdorff measure.svg|thumb|250px|部分集合 ''X'' に対する ''δ'' [[被覆 (位相空間論)|被覆]]の例]]
ある {{Mvar|X}} が与えられたとき、それに対する[[可算集合|可算個]]の集合族 {{Math|{{Mset|''U<sub>i</sub>''}}}} による[[被覆 (位相空間論)|被覆]]を考える。ただし、{{Math|{{Mset|''U<sub>i</sub>''}}}} それぞれの直径は、ある正の実数 {{Mvar|δ}} 以下とする。このような {{Math|{{Mset|''U<sub>i</sub>''}}}} を '''{{Mvar|δ}} 被覆'''と呼ぶ。すなわち、
:<math> X \subset \bigcup_{i=1}^\infty U_i </math> かつ <math> \left \vert U_i \right \vert \le \delta </math>
である。{{Math|{{Mset|''U<sub>i</sub>''}}}} は有限個でもよい{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=6}}。
さらに、各々の {{Math|''U<sub>i</sub>''}} の直径を正の実数 {{Mvar|s}} で[[冪乗]]したものの[[総和]] {{Math|{{sum|''i'' {{=}} 1|∞}}{{abs|''U<sub>i</sub>''}}<sup>''s''</sup>}} を取る。そして、{{Mvar|δ}} と {{Mvar|s}} の値を固定し、{{Mvar|X}} に対して可能なあらゆる {{Mvar|δ}} 被覆 {{Math|{{Mset|''U<sub>i</sub>''}}}} を考えた場合の {{Math|{{sum|''i'' {{=}} 1|∞}}{{abs|''U<sub>i</sub>''}}<sup>''s''</sup>}} の[[下限]]を取る。これを
:<math> H^{s}_{\delta} (X) = \inf \sum_{i=1}^\infty \left \vert U_i \right \vert ^s </math>
と定義する{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=6}}。
被覆を抑える2つの直径 {{Mvar|δ}} が {{Math|''δ''<sub>2</sub> < ''δ''<sub>1</sub>}} という大小関係にあるとする。このとき、直径を {{Mvar|δ<sub>1</sub>}} 以下とする被覆は、直径を {{Mvar|δ<sub>2</sub>}} 以下とする被覆を含んでいる。よって、{{Mvar|H {{sup sub|s|δ<sub>1</sub>}}}} の値は、{{Mvar|H {{sup sub|s|δ<sub>2</sub>}}}} よりも小さいか等しいかのいずれかとなる。結局、
:<math> \delta_2 < \delta_1</math> ならば <math> H^{s}_{\delta_2} (X) \le H^{s}_{\delta_1} (X) </math>
であるから、{{Mvar|H {{sup sub|s|δ}}}} は {{Mvar|δ}} の減少とともに[[単調増加]]する{{Sfn|石村・石村|1990|pp=114, 116}}。したがって、
:<math> H^{s} (X) = \lim_{\delta \to 0} \inf \sum_{i=1}^\infty \left \vert U_i \right \vert ^s </math>
という[[極限値]]が、 {{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'') {{=}} ∞}} の場合まで含めると常に存在する{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=7}}。この {{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'')}} は[[外測度]]の条件を満たし、'''{{Mvar|s}} 次元ハウスドルフ外測度'''や'''ハウスドルフ {{Mvar|s}} 次元外測度'''と呼ばれる{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=7|新井|2023|2p=243|ファルコナー|1989|3p=8}}。さらに、[[可測集合]](または [[完全加法族|{{Mvar|σ}}-集合体]])に[[制限 (数学)|制限]]した {{Mvar|H <sup>s</sup>}} は '''[[ハウスドルフ測度|{{Mvar|s}} 次元ハウスドルフ測度]]'''や'''ハウスドルフ {{Mvar|s}} 次元測度'''と呼ばれる{{Sfnm|ファルコナー|1989|1p=9|新井|2023|2p=245|Falconer|2006|3pp=14–15, 35}}。
===ハウスドルフ次元===
上記のように定義された {{Mvar|s}} 次元ハウスドルフ外測度 {{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'')}} を、{{Mvar|X}} を固定して {{Mvar|s}} の関数として見る。{{Math|''s'' < ''t''}} を満たす任意の {{Mvar|s}} と {{Mvar|t}} について、{{Mvar|δ}} 被覆は、
:<math> \sum_{i=1}^\infty \left \vert U_i \right \vert ^t = \sum_{i=1}^\infty \left \vert U_i \right \vert ^{t-s} \left \vert U_i \right \vert ^s \le \delta^{t-s} \left \vert U_i \right \vert ^s</math>
を満たすので、
:<math> H^{t}_{\delta} (X) \le \delta^{t-s} H^{s}_{\delta} (X) </math>
という関係が成り立つ{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=7|ファルコナー|1989|2p=9}}。よって、{{Math|''δ'' → 0}} である {{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'')}} は {{Mvar|s}} の[[単調減少関数]]である{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=7|ファルコナー|1989|2p=9}}。
[[File:Graph of Hausdorff measure vs its exponent.svg|thumb|250px|''s'' の関数としての見たときの ''H <sup>s</sup>''(''X'') のグラフ]]
さらに、上の関係により、{{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'') < ∞}} であるならば {{Math|''H <sup>t</sup>''(''X'') {{=}} 0}} である。また、{{Math|''H <sup>t</sup>''(''X'') > 0}} であるならば、{{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'') {{=}} ∞}} である{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1pp=7–8|新井|2023|2pp=248–249|本田|2002|3p=36}}。したがって、{{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'')}} を {{Mvar|s}} の関数として見たとき、{{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'')}} は高々 1 つの[[不連続性の分類|第一種不連続点]] {{Mvar|s}} を持つ{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1pp=7–8|本田|2002|2p=36}}。この不連続点を {{Mvar|D}} と表すと、
:<math>\begin{align}
D & = \inf \{ s \isin [0,\ \infty) | H^{s}(X) = 0 \} \\
& = \sup \{ s \isin [0,\ \infty) | H^{s}(X) = \infty \}
\end{align}</math>
を満たす {{Math|''D'' ≥ 0}} が唯一定まる{{Sfn|石村・石村|1990|p=116}}。'''ハウスドルフ次元'''または'''ハウスドルフ・ベシコビッチ次元'''とは不連続点 {{Mvar|D}} の値のことで、これを {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'')}} や {{Math|dim<sub>''H''</sub> ''X''}} などと表して
:<math> \dim_{H}(X) = \inf \{ s \isin [0,\ \infty) | H^{s}(X) = 0 \} </math>
あるいは、
:<math> \dim_{H}(X) = \sup \{ s \isin [0,\ \infty) | H^{s}(X) = \infty \} </math>
で定義される{{Sfnm|Falconer|2006|1p=39|本田|2002|2p=36}}。
===直感的説明===
ハウスドルフ次元の意味を直感的に説明すると、ハウスドルフ外測度 {{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'')}} の次元 {{Mvar|s}} は[[ものさし]]の粗さのようなもので、{{Math|''s'' < dim<sub>''H''</sub>(''X'')}} で {{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'') {{=}} ∞}} となるのは、集合 {{Mvar|X}} の厚さを測るのには {{Mvar|s}} がものさしとして細か過ぎて、そのものさしからは {{Mvar|X}} は捕え切れないほど大きく見える状態である{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=8}}。一方、{{Math|''s'' > dim<sub>''H''</sub>(''X'')}} で {{Math|''H <sup>s</sup>''(''X'') {{=}} 0}} となるのは、集合 {{Mvar|X}} の厚さを測るのには {{Mvar|s}} がものさしとして粗過ぎて、そのものさしからは{{Mvar|X}} の厚さは無視できるほど小さく見える状態である{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=8}}。{{Math|''s'' {{=}} dim<sub>''H''</sub>(''X'')}} は、それらの中間で、{{Mvar|X}} の厚さを測るのにちょうどいい粗さのものさしであることを意味している{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=8}}。
ハウスドルフ外測度を定義するために出てきた {{Math|{{sum|''i'' {{=}} 1|∞}}{{abs|''U<sub>i</sub>''}}<sup>''s''</sup>}} という和は、{{Math|''s'' {{=}} 1}} を代入してみると、{{Math|{{sum|''i'' {{=}} 1|∞}}{{abs|''U<sub>i</sub>''}}<sup>1</sup>}} という長さ {{Math|{{abs|''U<sub>i</sub>''}}}} の線分の長さの合計となる。これを使って集合 {{Mvar|X}} のハウスドルフ外測度を求めるという行為は、{{Mvar|X}} の長さのような量を決めているのに等しい。集合 {{Mvar|X}} が曲線だとすれば、{{Mvar|X}} は実際に長さに相当する量を持っているので、{{Math|''s'' {{=}} 1}} のハウスドルフ外測度でその長さを測ることができる{{Sfn|石村・石村|1990|pp=110, 122–130}}。同様に {{Math|''s'' {{=}} 2}} で考えると、{{Math|{{sum|''i'' {{=}} 1|∞}}{{abs|''U<sub>i</sub>''}}<sup>2</sup>}} は一辺長さが {{Math|{{abs|''U<sub>i</sub>''}}}} の正方形の面積の合計である。よって、集合 {{Mvar|X}} が面であれば、{{Math|''s'' {{=}} 2}} で適切にその面積を測ることができる{{Sfn|石村・石村|1990|pp=110–112, 130–134}}。
このように、ある集合の長さや面積のような量を測るにあたっては、適切な {{Mvar|s}} の値が存在する。適切な {{Mvar|s}} の値は、逆にその集合を特徴づけすることができる値とも捉えられる。曲線ならば {{Math|''s'' {{=}} 1}} で面ならば {{Math|''s'' {{=}} 2}} であったが、集合がもっと複雑になれば[[自然数]]ではない {{Mvar|s}} の値が最適ということもありうる。このような考え方にもとづいて、 {{Math|{{sum|''i'' {{=}} 1|∞}}{{abs|''U<sub>i</sub>''}}<sup>''s''</sup>}} 自体の値ではなく、{{Mvar|s}} の方の最適値に着目して定義としたのがハウスドルフ次元といえる{{Sfn|石村・石村|1990|pp=110–112}}。
==基本的性質==
ハウスドルフ次元は、「次元」と呼ばれるものが当然満たすであろう次の基本的な性質を満たす{{Sfnm|Falconer|2006|1p=40|本田|2002|2p=37}}。
* {{Math|''A'' ⊂ ''B'' ⊂ ℝ<sup>''n''</sup>}} であれば、{{Math|dim<sub>''H''</sub>(''A'') ≤ dim<sub>''H''</sub>(''B'')}} である
* {{Math|''A'' ⊂ ℝ<sup>''n''</sup>}} が[[開集合]]であれば、常に {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''A'') {{=}} ''n''}} である
* {{Math|''A''<sub>1</sub>, ''A''<sub>2</sub>, ''A''<sub>3</sub>, …}} を可算個の集合列とすると、{{Math2|dim<sub>''H''</sub>(∪<sub>''i''</sub> ''A''<sub>''i''</sub>) {{=}} sup{{Mset|dim<sub>''H''</sub>(''A<sub>i</sub>'')}}}} である
* {{Mvar|A}} が[[可算集合]]であれば、常に {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''A'') {{=}} 0}} である
* {{Mvar|A}} が {{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 上の滑らかな {{Mvar|m}} 次元多様体であれば、{{Math|dim<sub>''H''</sub>(''A'') {{=}} ''m''}} である
また、{{Math|''A'' ⊂ ℝ<sup>''n''</sup>}} に対して、{{Math|''s'' > ''n''}} ならば {{Math|''H<sup>s</sup>''(''A'') {{=}} 0}} なので、常に {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''A'') ≤ ''n''}} である{{Sfn|新井|2023|p=248}}。
位相次元は[[同相写像]]に対して不変であることが一般的だが、ハウスドルフ次元はこの性質は持たない<ref name="畑1990">{{Cite journal ja-jp |author = 畑 政義 |year = 1990 |title = フラクタル-自己相似集合について |journal = 数学 |volume = 42 |issue = 4 |publisher = 日本数学会 |doi = 10.11429/sugaku1947.42.304 |page = 307 }}</ref>。しかし、写像 {{Math|''f'' : ''X'' → ℝ<sup>''n''</sup>}} が[[リプシッツ連続]]であれば、すなわち、ある正の定数 {{Mvar|c}} が存在して任意の {{Math|''x'', ''y'' ∈ ''X'' ⊂ ℝ<sup>''n''</sup>}} に対して
:<math>d(f(x),\ f(y)) \le c d(x,\ y) </math>
を満たすならば
:<math>\dim_{H}(f(X)) \le \dim_{H}(X) </math>
が成り立つ<ref name="畑1990"/>。さらに {{Mvar|f}} が双リプシッツであれば、すなわち、ある正の定数 {{Math|''c''<sub>1</sub>}} と {{Math|''c''<sub>2</sub>}} が存在して任意の {{Math|''x'', ''y'' ∈ ''X''}} に対して
:<math> c_{1} d(x,\ y) \le d(f(x),\ f(y)) \le c_{2} d(x,\ y) </math>
を満たすならば
:<math> \dim_{H}(f(X)) = \dim_{H}(X) </math>
が成り立つ{{Sfn|Falconer|2006|p=41}}。これによって、[[位相幾何学]]で同相写像の存在によって2つの集合を「[[位相同型|同じ]]」と見なすように、フラクタル幾何学では双リプシッツ写像の存在によって「同じ」と見なす取り組み方が成立する{{Sfn|Falconer|2006|p=41}}。
{{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} の部分集合を {{Mvar|A}}とし、{{Math|ℝ<sup>''m''</sup>}} の部分集合を {{Mvar|B}}とすると、これらの[[直積集合]] {{Math2|''A'' × ''B'' {{=}} {{Mset|(''x'', ''y'') ∈ ℝ<sup>''n'' + ''m''</sup> | ''x'' ∈ ℝ<sup>''n''</sup>, ''y'' ∈ ℝ<sup>''m''</sup>}}}} のハウスドルフ次元について一般的に成り立つ関係は
:<math> \dim_{H}(A \times B) \le \dim_{H}(A) + \dim_{H}(B)</math>
である{{Sfn|Falconer|2006|pp=127, 130}}。しかし、[[#ボックス次元|後述]]の {{Math|{{Overline|dim}}<sub>''B''</sub>}} に対して {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'') {{=}} {{Overline|dim}}<sub>''B''</sub>(''X'')}} が満たされるならば、
:<math> \dim_{H}(A \times B) = \dim_{H}(A) + \dim_{H}(B)</math>
が成り立つ{{Sfn|Falconer|2006|pp=130–131}}。
射影に関しては、{{Mvar|X}} を {{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} の部分空間へ写す[[射影作用素|正射影]]を {{Math|''p''(''X'')}} とすると
:<math> \dim_{H}(p(X)) \le \dim_{H}(X)</math>
が一般的な関係として成り立つ{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=9}}。
==計算==
===定義からの直接計算===
一般的に、与えられた集合 {{Mvar|X}} のハウスドルフ次元を決定するのは困難である{{Sfnm|石村・石村|1990|1p=152|ファルコナー|1989|2p=18}}。次元を決定するためによく使われる手法は、上からの評価と下からの評価を行い、それらが同じ値を取ることを証明する手法である{{Sfn|Falconer|2006|p=42}}。すなわち、{{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'') ≤ ''s''}}(上から)かつ {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'') ≥ ''s''}}(下から)であることを証明すれば {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'') {{=}} ''s''}} である{{Sfn|Falconer|2006|p=42}}。上からの評価は比較的簡単で、特殊な {{Mvar|δ}} 被覆を設定すれば求まる{{Sfn|山口・畑・木上|1993|pp=10, 25}}。特に一般的に大変なのが、ハウスドルフ測度およびハウスドルフ次元の下からの評価を得ることである{{Sfn|ファルコナー|1989|p=18}}。下からの評価のためにはあらゆる被覆を考えて決める必要があり、難しくなる{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=10}}。
[[File:Construccio Conjunt Cantor.svg|thumb|300px|[[カントールの3進集合]]の構成]]
数直線 {{Math|ℝ<sup>1</sup>}} 上の図形であれば、定義からの直接計算でもハウスドルフ次元の決定は比較的容易である{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=10}}。ハウスドルフ次元が非整数を取る図形の中でもっとも有名な集合として、[[カントール集合]]がある{{Sfn|ファルコナー|1989|p=19}}。カントール集合ないしカントールの3進集合とは、線分 1 の中央から1/3の長さの線分を除去し、さらに残った2つの線分の中央のそれぞれの1/3の長さの線分を除去し、という操作を繰り返し無限回行うことで得られる図形である{{Sfn|本田|2002|pp=1–2}}。カントール集合を作る途中の {{Mvar|k}} 番目の操作でできる図形を {{Mvar|C<sub>k</sub>}} と表すと
:<math>C_k = \left [0, \frac{1}{3^k} \right ] \cup \left [\frac{2}{3^k}, \frac{3}{3^k} \right ] \cup \ldots \cup \left [\frac{3^k - 1}{3^k}, 1 \right ] </math>
であり、カントール集合を {{Mvar|C}} と表すと
:<math> C = \bigcap_{k=1}^{\infty} C_k </math>
と定義される{{Sfn|石村・石村|1990|pp=135–136}}。カントール集合はハウスドルフ次元を正確に決定できる少ない例のうちの一つである{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=11}}。
カントール集合のハウスドルフ測度およびハウスドルフ次元の場合、{{Mvar|I<sub>k</sub>}} を {{Mvar|C}} に対する {{Mvar|δ}} 被覆と考えれば、上からの評価が得られる{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=11|新井|2023|2p=250}}。この被覆について {{Math|''s'' {{=}} {{Sfrac|log 2|log 3}}}} と仮定すると、 {{Math|''H <sup>s</sup>''(''C'') ≤ 1}} および {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''C'') ≤ ''s''}} であることが得られる{{Sfnm|Falconer|2006|1p=44|新井|2023|2pp=250–251}}。また、少し技巧的な証明を要するが、任意の閉区間による被覆に対して {{Math|''H <sup>s</sup>''(''C'') ≥ 1}} および {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''C'') ≥ ''s''}} であることが得られる{{Sfnm|新井|2023|1pp=251–252|山口・畑・木上|1993|2pp=11–12}}。したがって、{{Math|dim<sub>''H''</sub>(''C'') {{=}} {{Sfrac|log 2|log 3}}}} である{{Sfnm|新井|2023|1pp=251–252|山口・畑・木上|1993|2pp=11–12}}。
===自己相似集合の場合===
フラクタルの中でも、ハウスドルフ次元を正確かつ簡単に決定できる[[クラス (集合論)|クラス]]の集合がある{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=21|石村・石村|1990|2p=152}}。写像 {{Math2|''f'' : ℝ<sup>''n''</sup> → ℝ<sup>''n''</sup>}} が、ある定数 {{Math|''c<sub>i</sub>'' < 1}} が存在して、
:<math> \left \vert f(x) - f(y) \right \vert \le c_i \left \vert x - y \right \vert </math>
が任意の {{Math2|''x'', ''y'' ∈ ℝ<sup>''n''</sup>}} について成り立つとき、{{Mvar|f}} を[[縮小写像]]という{{Sfnm|ファルコナー|1989|1pp=168–169|山口・畑・木上|1993|2p=22}}。{{Math|''m'' ≥ 2}} 個の縮小写像の組 {{Math2|''f''<sub>1</sub>, ''f''<sub>2</sub>, …, ''f''<sub>''m''</sub> : ℝ<sup>''n''</sup> → ℝ<sup>''n''</sup>}} が与えられたとき、
:<math> U \bigcup_{i=1}^{m} f_i </math>
を満たす[[コンパクト集合]] {{Math|''U'' ⊂ ℝ<sup>''n''</sup>}} を[[自己相似集合]]という{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=22|石村・石村|1990|2p=10}}。自己相似集合 {{Mvar|U}} が
:<math> \bigcup_{i=1}^{m} f_i \subset U </math>
かつ任意の {{Mvar|i}} と {{Math|''j'' ≠ ''i''}} について
:<math> f_i (U) \cap f_j (U) = \emptyset </math>
を満たすとき、{{Mvar|U}} は[[開集合条件]]を満たすという{{Sfn|ファルコナー|1989|p=172}}。
さらに、{{Math|''m'' ≤ 2}} 個の縮小写像の組における各写像 {{Mvar|f<sub>i</sub>}} について、ある定数 {{Math|''c<sub>i</sub>'' < 1}} が存在し、
:<math> \left \vert f_{i}(x) - f_{i}(y) \right \vert = c_i \left \vert x - y \right \vert </math>
が任意の {{Math2|''x'', ''y'' ∈ ℝ<sup>''n''</sup>}} について成り立つとき、{{Mvar|f<sub>i</sub>}} は'''相似縮小変換'''などと呼ばれる{{Sfnm|新井|2023|1pp=254–255|山口・畑・木上|1993|2p=27}}。定数 {{Mvar|c}} は'''縮小率'''と呼ばれる{{Sfnm|ファルコナー|1989|1pp=169|石村・石村|1990|2p=2}}。すなわち、{{Mvar|f<sub>i</sub>}} は縮小、回転、平衡移動、反転などの変換を組み合わせて、{{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 上の部分集合を幾何学的に[[図形の相似|相似]]な集合に写す線形変換である{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=27}}。
以上のように、縮小写像が相似縮小変換でなおかつ開集合条件を満たすとき、その縮小写像の組から定まる自己相似集合 {{Mvar|U}} のハウスドルフ次元は
:<math> \sum_{i=1}^{m} (c_{i})^s = 1 </math>
を満たす {{Mvar|s}} と等しいことが定理として成り立つ{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1pp=26–27|Falconer|2006|2p=164}}。この定理より、多くの自己相似フラクタルのハウスドルフ次元が求まる{{Sfn|Falconer|2006|p=166}}。カントールの3進集合は {{Math2|''m'' {{=}} 2, ''c''<sub>1</sub> {{=}} 1/3, ''c''<sub>2</sub> {{=}} 1/3}} という開集合条件を満たす相似縮小変換で構成できるため、上記の定理からハウスドルフ次元 {{Math|{{Sfrac|log 2|log 3}}}} を求めることもできる{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=30}}。
==例==
[[File:Koch curve construction.svg|thumb|[[コッホ曲線]]の構成]]
カントールの3進集合のハウスドルフ次元は {{Math|{{Sfrac|log 2|log 3}} {{=}} 0.6309…}} であったが、一般化したカントール集合、例えば線分の真ん中を {{Math|1 − 2''k''}} 除去する場合は、ハウスドルフ次元は {{Math|{{Sfrac|log 2|log 1/''k''}}}} である{{Sfn|ファルコナー|1989|p=20}}。カントール集合と同様に再帰的な手続きから構成できるフラクタル図形の単純な例には、[[コッホ曲線]] {{Mvar|K}}、[[シェルピンスキー・ガスケット]] {{Mvar|S}} などがある{{Sfn|Falconer|2006|pp=xvii–xxiv}}。これらも開集合条件を満たす相似縮小変換であり、それぞれのハウスドルフ次元は {{Math2|dim<sub>''H''</sub>(''K'') {{=}} {{Sfrac|log 4|log 3}} {{=}} 1.2618…}} と {{Math2|dim<sub>''H''</sub>(''S'') {{=}} {{Sfrac|log 3|log 2}} {{=}} 1.5849…}} である{{Sfn|新井|2023|pp=257–261}}。
[[力学系]]でもフラクタルが様々な形で現れる{{Sfn|Falconer|2006|p=233}}。{{Mvar|α}} 倍に縮む散逸系の[[パイこね変換]]の[[アトラクター]]はハウスドルフ次元 {{Math2|1 + {{Sfrac|log 2|−log ''α''}}}} である{{Sfn|Falconer|2006|pp=241–242}}。[[複素力学系]]の[[マンデルブロ集合]]は非常な複雑な図形だが[[連結空間|連結]]で、その[[境界 (位相空間論)|境界]]はハウスドルフ次元 {{Math|2}} である{{Sfn|Falconer|2006|p=286}}。
規則的に作られる自己相似フラクタルの外に、自然界で見られるようなランダムパターンから生まれる自己相似フラクタルもある<ref>{{Cite book ja-jp |author = 松下 貢 |title = フラクタルの物理(I)―基礎編― |url = https://www.shokabo.co.jp/mybooks/ISBN978-4-7853-2208-3.htm |series = 裳華房フィジックスライブラリー |publisher = 裳華房 |edition= 第4版 |year = 2009 |isbn = 978-4-7853-2208-3 |ref = 17–19, 62 }}</ref>。{{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 上の[[ブラウン運動]]の軌跡は、{{Math|''n'' ≥ 2}} であれば {{Mvar|n}} の値にかかわらず確率 {{Math|1}} でハウスドルフ次元 {{Math|2}} である{{Sfn|ファルコナー|1989|pp=206–207}}。
[[File:Takagi curve.png|thumb|[[高木関数]]のグラフ]]
ハウスドルフ次元が位相次元よりも大であることをフラクタルの定義とすると、直感的にはフラクタルに相応しいような図形がフラクタルにならない例もある{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=4|マンデルブロ |2011|2p=260}}。例えば、[[カントール関数|カントールの悪魔の階段]]や[[高木関数]]のグラフは、位相次元・ハウスドルフ次元ともに {{Math|1}} である{{Sfnm|山口・畑・木上|1993|1p=4|マンデルブロ |2011|2p=260}}。連続曲線でありながら平面を充填する[[ペアノ曲線]]も、位相次元・ハウスドルフ次元ともに {{Math|2}} で一致する{{Sfnm|山口|1986|1pp=183–184|石村・石村|1990|2pp=99–100}}。こういった集合の存在が、フラクタルの定義に改善の余地がある理由の一つである{{Sfn|マンデルブロ |2011|p=260}}。
ハウスドルフ次元の決定が[[数学上の未解決問題]]となっているものには、次のようなものがある。{{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 上の部分集合 {{Mvar|K}} が[[有界]][[閉集合|閉]]で、全ての方向の長さ {{Math|1}} の[[線分]]を含み、さらに {{Mvar|n}} 次元[[ルベーグ測度]]が {{Math|0}} のとき、{{Mvar|K}} を {{Mvar|n}} 次元[[掛谷集合]]と呼ぶ。{{Mvar|n}} 次元掛谷集合のハウスドルフ次元は {{Mvar|n}} であろうと予想されており、[[掛谷予想]]や掛谷問題と呼ばれる。{{Math|2}} 次元掛谷集合のハウスドルフ次元は {{Math|2}} であることは証明されたが、{{Math|3}} 次元以上は未解決である{{Sfn|新井|2023|pp=266–267}}。
==他の次元との関係==
===位相次元===
縦・横・高さという直感的な次元は[[位相次元]]と呼ばれる{{Sfn|石村・石村|1990|p=98}}。上で述べたように、{{Mvar|A}} が {{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 上の滑らかな {{Mvar|m}} 次元[[多様体]]であれば、{{Math|dim<sub>''H''</sub>(''A'') {{=}} ''m''}} であるので、ハウスドルフ次元は位相次元と矛盾しない拡張となっている{{Sfnm|Falconer|2006|1p=40|本田|2002|2p=37}}。位相次元と呼ばれるものは正確には[[ルベーグ被覆次元|被覆次元]]、[[帰納次元|大きな帰納的次元]]、[[帰納次元|小さな帰納的次元]]の3つがあるが、[[ユークリッド空間]]上では3者は常に一致する{{Sfn|石村・石村|1990|p=92}}。以下、 {{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 上の集合 {{Mvar|X}} の位相次元を {{Math|dim<sub>''T''</sub>(''X'')}} と表す。
位相次元 {{Math|dim<sub>''T''</sub>(''X'')}} とハウスドルフ次元 {{Math|dim<sub>H</sub>(''X'')}} は一致することもあれば、異なることもある{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=4}}。例えば、線分の {{Math|dim<sub>''T''</sub>(''X'')}} と {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'')}} は共に 1 で、正方形の {{Math|dim<sub>''T''</sub>(''X'')}} と {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'')}} は共に 2 である{{Sfn|石村・石村|1990|p=134}}。このような単純な図形では {{Math|dim<sub>''T''</sub>(''X'')}} と {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''X'')}} は一致するが、図形が複雑になると相異なってくる{{Sfn|石村・石村|1990|p=134}}。しかし一般的な関係として、任意の集合 {{Mvar|X}} の位相次元とハウスドルフ次元は
:<math> \dim_T (X) \le \dim_H (X) </math>
という関係が成り立つ{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=4}}。例えば、カントールの3進集合 {{Mvar|C}} は {{Math|dim<sub>''H''</sub>(''C'') {{=}} {{Sfrac|log 2|log 3}} {{=}} 0.6309…}} だが、{{Math|dim<sub>''T''</sub>(''C'') {{=}} 0}} である{{Sfn|石村・石村|1990|pp=98, 162–164}}。
[[フラクタル]]の提唱者である[[ブノワ・マンデルブロ]]自身のフラクタルの定義は、ハウスドルフ次元が位相次元よりも高い集合(図形)がフラクタルとされる{{Sfnm|山口|1986|1p=149|マンデルブロ |2011|2p=258}}。ただし、マンデルブロも述べているように、このフラクタルの定義は確定的ではない{{Sfnm|Falconer|2006|1pp=xxvii|マンデルブロ |2011|2p=259}}。「[[フラクタル次元]]」という言葉はしばしば曖昧に用いられ、定義が与えられずに用いられたり、使う人によっては定義が異なったりするが{{Sfn|Falconer|2006|pp=xxvii}}、一つの考え方としては非整数値を取る次元をフラクタル次元と呼ぶ{{Sfn|本田|2002|p=30}}<ref>{{Cite book ja-jp |author = 高安 秀樹・高安 美佐子 |publisher = ダイヤモンド社 |title = フラクタルって何だろう |year = 1988 |isbn = 4-478-83004-5 |page = 51 }}</ref>。マンデルブロはハウスドルフ次元のことをフラクタル次元と言い換えており<ref>{{Cite book ja-jp |author = B.マンデルブロ |others = 広中 平祐(監訳) |publisher = 筑摩書房 |title = フラクタル幾何学 上 |url = https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093561/ |series = ちくま学芸文庫
|year = 2011 |isbn = 978-4-480-09356-1 |pages = 12, 41 }}</ref>、文献によってはフラクタル次元とはハウスドルフ次元を指す{{Sfnm|石村・石村|1990|1p=182|山口|1986|2p=149}}。
===ボックス次元===
[[File:Great Britain Hausdorff.svg|thumb|300px|[[グレートブリテン島]]の海岸線をボックス次元で測る様]]
ハウスドルフ次元は数値の具体的な計算が難しいという欠点がある{{Sfn|本田|2002|p=42}}。これに対し、被覆する集合の直径を全て同じとしたのが[[ボックス次元]]と呼ばれる次元で、ハウスドルフ次元よりも数学的には扱いにくいが計算は容易である{{Sfnm|Falconer|2006|1p=60|本田|2002|2p=42}}。ボックス次元には同値な定義がいくつかあるが{{Sfn|Falconer|2006|pp=53–59}}、集合 {{Mvar|X}} に対して
:<math>\underline{\dim}_{B}(X) = \lim_{\epsilon \rightarrow 0} \inf \dfrac{\log N_\delta (X)}{\log\frac{1}{\delta}} </math>
:<math>\overline{\dim}_{B}(X) = \lim_{\epsilon \rightarrow 0} \sup \dfrac{\log N_\delta (X)}{\log\frac{1}{\delta}} </math>
とおいて、
:<math> \underline{\dim}_{B}(X) = \overline{\dim}_{B}(X) = {\dim}_{B}(X) </math>
が成り立つとき、{{Math|dim<sub>''B''</sub>(''X'')}} を {{Mvar|X}} のボックス次元という{{Sfn|青木|2004|p=37}}。ここで、{{Mvar|δ}} は {{Mvar|X}} を被覆する開被覆の直径、{{Math|''N''<sub>''δ''</sub>(''X'')}} は {{Mvar|X}} を被覆するのに必要な {{Mvar|δ}} 開被覆の最小個数を表す{{Sfn|青木|2004|p=37}}。ハウスドルフ次元とボックス次元には、一般的に
:<math> \dim_{H}(X) \le \underline{\dim}_{B}(X) \le \overline{\dim}_{B}(X) </math>
あるいは
:<math> \dim_{H}(X) \le \dim_{B}(X) </math>
という関係が成り立つ{{Sfnm|青木|2004|1p=38|山口・畑・木上|1993|2p=5}}。
===相似次元===
[[File:Dimensions.svg|thumb|280px|線分・正方形・立方体は、それ自体の中に 1/''r'' 倍のコピーがそれぞれ ''r''<sup>1</sup>, ''r''<sup>2</sup>, ''r''<sup>3</sup> 個ある]]
[[File:Koch curve comprises four copies of itself scaled by one-third.svg|thumb|280px|[[コッホ曲線]]は、それ自体の中に 1/3 倍のコピーが 4 個ある]]
上記の[[#自己相似集合の場合]]に求められる次元 {{Mvar|s}} は、[[相似次元]]とも呼ばれる{{Sfn|ファルコナー|1989|p=173}}。相似次元は自己相似性の観点から得られる{{Sfn|本田|2002|p=38}}。例えば、ある線分を {{Math|1/3}} 倍したコピーを考えると、元の線分はそのコピー {{Math|3 {{=}} 3<sup>1</sup>}} 個から成り立っている。また、ある正方形を {{Math|1/3}} 倍したコピーを考えると、元の正方形はそのコピー {{Math|9 {{=}} 3<sup>2</sup>}} 個から成り立っている。そして、ある立方体を {{Math|1/3}} 倍したコピーを考えると、元の立方体はそのコピー {{Math|27 {{=}} 3<sup>3</sup>}} 個から成り立っている。線分、正方形、立方体のそれぞれの次元 {{Math2|1, 2, 3}} は、コピーの個数の指数として現れている。これを一般化すると、{{Mvar|c}} 倍したコピーを考えると元の図形はそのコピーの {{Mvar|m}} 個から成り立つとき、次元 {{Mvar|s}} と {{Mvar|c}} と {{Mvar|m}} のあいだには
:<math> N = \left ( \frac{1}{c} \right )^s </math>
という関係がある{{Sfn|本田|2002|pp=38–39}}。よって次元 {{Mvar|s}} は
:<math> s = \frac{\log N}{\log (1/c)} </math>
と定義でき、これを相似次元と呼ぶ{{Sfn|本田|2002|p=39}}。
一般的な相似次元は、縮小写像の {{Mvar|m}} 個の組 {{Math2|''f''<sub>1</sub>, ''f''<sub>2</sub>, …, ''f''<sub>''m''</sub> : ℝ<sup>''n''</sup> → ℝ<sup>''n''</sup>}} が与えられたときに、これに対応する自己相似集合に対して、それぞれの縮小率 {{Math2|''c<sub>i</sub>'' (''i'' {{=}} 1, 2, … ''m'')}} から
:<math> \sum_{i=1}^{m} (c_{i})^s = 1 </math>
を満たす {{Mvar|s}} の正の値によって与えられる{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=26}}。自己相似集合を {{Mvar|X}} として、その相似次元を {{Math|dim<sub>''S''</sub>(''X'')}} と表すとする。上記のとおり、縮小写像が相似縮小変換でなおかつ開集合条件を満たすとき、その自己相似集合のハウスドルフ次元と相似次元には
:<math> \dim_{H}(X) = \dim_{S}(X) </math>
という関係がある{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=27}}。また、相似縮小変換かつ開集合条件という条件を付与しない一般的な自己相似集合については、ハウスドルフ次元と相似次元の関係は次のようになる{{Sfn|山口・畑・木上|1993|p=26}}。
:<math> \dim_{H}(X) \le \dim_{S}(X) </math>
==出典==
{{Reflist|2}}
==参照文献==
*{{Cite book ja-jp
|author = Kenneth Falconer
|translator = 服部 久美子・村井 浄信
|title = フラクタル幾何学
|url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320018013
|series = 新しい解析学の流れ
|publisher = 共立出版
|year = 2006
|isbn = 4-320-01801-X
|ref = {{SfnRef|Falconer|2006}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = K.J.ファルコナー
|translator = 畑 政義
|title = フラクタル集合の幾何学
|publisher = 近代科学社
|edition= 初版
|year = 1989
|isbn = 4-7649-1013-6
|ref = {{SfnRef|ファルコナー|1989}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = 山口 昌哉・畑 政義・木上 淳
|title = フラクタルの数理
|series = 岩波講座 応用数学1 [対象7]
|url = https://www.iwanami.co.jp/book/b480065.html
|publisher = 岩波書店
|edition= 初版
|year = 1993
|isbn = 4-00-010511-6
|ref = {{SfnRef|山口・畑・木上|1993}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = 本田 勝也
|title = フラクタル
|url = https://www.asakura.co.jp/detail.php?book_code=11611
|series = シリーズ非線形科学入門1
|publisher = 朝倉書店
|edition= 初版
|year = 2002
|isbn = 978-4-254-11611-3
|ref = {{SfnRef|本田|2002}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = 石村 貞夫・石村 園子
|title = フラクタル数学
|publisher = 東京図書
|edition= 初版
|year = 1990
|isbn = 4-489-00332-3
|ref = {{SfnRef|石村・石村|1990}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = 青木 統夫
|title = 測度・エントロピー・フラクタル
|url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10010325.html
|series = 非線形解析III
|publisher = 共立出版
|edition= 初版
|year = 2004
|isbn = 4-320-01773-0
|ref = {{SfnRef|青木|2004}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = 山口 昌哉
|title = カオスとフラクタル ―非線形の不思議―
|url = https://gendai.media/list/books/bluebacks/9784061326521
|series = ブルーバックス B-652
|publisher = 講談社
|year = 1986
|isbn = 4-06-132652-X
|ref = {{SfnRef|山口|1986}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = B.マンデルブロ
|others = 広中 平祐(監訳)
|publisher = 筑摩書房
|title = フラクタル幾何学 下
|url = https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093578/
|series = ちくま学芸文庫
|year = 2011
|isbn = 978-4-480-09357-8
|ref = {{SfnRef|マンデルブロ |2011}}
}}
*{{Cite book ja-jp
|author = 新井 仁之
|title = ルベーグ積分講義 ―ルベーグ積分と面積0の不思議な図形たち―
|url = https://nippyo.co.jp/shop/book/9057.html
|publisher = 日本評論社
|edition= 改訂版
|year = 2023
|isbn = 978-4-535-78945-6
|ref = {{SfnRef|新井|2023}}
}}
==外部リンク==
*[https://encyclopediaofmath.org/wiki/Hausdorff_dimension Hausdorff dimension] - Encyclopedia of Mathematics
*[https://mathworld.wolfram.com/HausdorffDimension.html Hausdorff Dimension] - MathWorld
*{{YouTube|XiEruuLxGTM|掛谷予想とハウスドルフ次元:掛谷問題入門 No.3}}
* {{JGLOBAL ID|200906037316345090 |Hausdorff次元}}
{{次元|state=expanded}}
{{Fractals|state=expanded}}
{{デフォルトソート:はうすとるふしけん}}
[[Category:フラクタル]]
[[Category:
[[Category:数学のエポニム]]
|