「牧野力」の版間の差分

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昭和38年入省組同期には、[[麻生渡]]、[[黒田直樹]]、[[秋山収]]([[内閣法制局長官]])、[[横堀恵一]]([[日本エネルギー経済研究所|エネ研]]理事長、国際エネルギー機構パリ本部局長)、[[佐伯嘉彦]](日本製紙連合会理事長)、[[渡辺光夫]](製品安全協会理事長)、[[高島章]]([[特許庁]]長官)など。高島章とは所謂「通産省4人組事件」での人事抗争も絡んだ次官争いを演じた。一方で通産省の大物技官OBであった[[内田元亨]]が[[フジタ]]との地熱発電事業に対する債務保証の思惑も絡んで、対立関係にあった牧野の次官阻止を意図していたのだとも巷間いわれている。のち、主流派と目された牧野、次の[[渡辺修 (通産省官僚) |渡辺修]]が次官となった。
 
次官就任以降も一貫して[[アメリカ合衆国通商代表部|米通商代表部]]との日米自動車交渉、日米半導体交渉の協定締結に当たってきた。
 
== 略歴 ==