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牧野 力(まきの つとむ、1938年5月10日 - )は、日本官僚。元通商産業事務次官牧野伸顕の玄孫にあたる[1]

来歴・人物編集

神奈川県出身。湘南高等学校を経て、東京大学法学部卒業。1963年に通産省入省。産業政策局長から事務次官を経て、退官後は日本生命顧問、1998年10月から新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長。

昭和38年入省組同期には、麻生渡黒田直樹秋山収内閣法制局長官)、横堀恵一エネ研理事長、国際エネルギー機構パリ本部局長)、佐伯嘉彦(日本製紙連合会理事長)、渡辺光夫(製品安全協会理事長)、高島章(特許庁長官)など。

高島章とは所謂「通産省4人組事件」での人事抗争も絡んだ次官争いを演じた。一方で通産省の大物技官OBであった内田元亨フジタとの地熱発電事業に対する債務保証の思惑も絡んで、対立関係にあった牧野の次官阻止を意図していたのだとも巷間いわれている[2]。のち、主流派と目された牧野、次の渡辺修が次官となった。次官就任以降も一貫して米通商代表部との日米自動車交渉、日米半導体交渉の協定締結に当たってきた。

略歴編集

脚注編集

  1. ^ 『靖国に祀られざる人々: 名誉なき殉国の志士たちの肖像』(田中健之学研パブリッシング、2013年6月28日)
  2. ^ 『実名・霞が関』(歳川隆雄ザ・マサダ、1996年10月) p.42