「レイモンド・ローウィ」の版間の差分

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'''レイモンド・ローウィ'''('''Raymond(Raymond Loewy''' [[1893年]][[11月5日]] - [[1986年]][[7月14日]])は、[[フランス]]、[[パリ]]出身のデザイナー、フランス軍大尉。主に[[アメリカ合衆国]]で活動し、[[インダストリアルデザイン]]の草分けとして知られる。「口紅から機関車まで」と言われるように様々な分野で活躍した。フランス語読みでは'''レーモン・レヴィ'''。
 
== 人物 ==
1929年、ジグムント・ゲシュテットナー社の複写機のデザインを手がけ、これが評判になり大きく売り上げを伸ばした。それまでの複写機はむき出しの機械であったが、カバーを取り付け機能的な外観デザインにまとめたことで、工業製品におけるインダストリアル・デザインの重要性が注目を集めた。
 
1934年、[[ペンシルヴァニア鉄道]]の電気機関車[[ペンシルニア鉄道GG1形電気機関車|GG1]]を[[風洞実験]]の結果、かろやかな[[流線型]]にリ・デザインする。この流線型デザインは力学的な形態の倫理により発見、設計され、以後、自動車など速度を要求される対象に採用される時代が始まった。速度、進歩、現代性などの表現として、様々なデザインにも引用される様になった。このような形状('''[[ストリームライン・モダン]]''')は時代の流行となり、当時の[[アール・デコ]]スタイル装飾に用いられるなど主要なモチーフにもなった。デザインが流行として消費され、陳腐化させられる時代の到来でもあった。1938年、アメリカ市民権を取得し140社もの企業のデザイン・コンサルタントをつとめた。
 
== MAYA段階 ==