「フアン・エルナンデス」の版間の差分

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(→‎来歴: タイ王国)
|home_town=[[メキシコシティ]]
|style=[[オーソドックス]]
|total= 1921
|wins= 1819
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|no contests= 0
}}
'''フアン・エルナンデス・'''('''Juan Hernandez'''、男性、[[1987年]][[2月24日]] - )は、[[メキシコ]]の[[プロボクサー]]。元[[世界北米ボクシング評議会連盟|WBCNABF]]北米[[世界ボクシング機構|WBO]]・[[国際ボクシング連盟|IBF]]世界ミニマム級第1位]]王者。メキシコ大手の電話会社テルメックスの奨学生でもある。
 
== 来歴 ==
ここから一気に連勝街道を進むことに。[[ライトフライ級]]でリングに上がることも。
 
2006年12月8日、チルソ・エルナンデス・モラレスと空位の[[北米ボクシング連盟|NABF]]北米ミニマム級王者を争い、初座決定戦に11分37秒KO勝ちを収め王座獲得に成功した。その後6回、同王座を5度防衛した
 
2010年5月22日、[[デンベル・クエジョ]]([[フィリピン]])と争うも、3回誤審に救われた形の失格勝ち。事実上クエジョのボディーブローによるKOだった。クエジョが所属していた[[タイ王国]]のナンコンルアンプロモーションは猛抗議するも、判定は覆らなかった。このニュースは世界でも話題になった。
 
2011年2月4日、前日軽量で体重超過がありNABF北米ミニマム級王座を剥奪されるも、翌5日の[[モイセス・フェンテス]]との6度目の防衛戦になる筈だったNABF北米ミニマム北米ミニマム級タイトルマッチは通常に行われ、2-1(115-112、115-113、113-115)の判定勝ちでエルナンデスがフェンテスに勝利したため、王座は空位となった。
NABFミニマム級最後の防衛戦。[[モイセス・フェンテス]]を破り井岡戦に備えた。
 
[[2011年]]8月10日、[[東京]]・[[後楽園ホール]]で[[世界ボクシング評議会|WBC]]世界[[ミニマム級]]チャンピオン・王者[[井岡一翔]]に挑んだが、0-3の判定負けを喫して王座奪取はならなかっ獲得に失敗した。
 
== 外部リンク ==
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