「厳原港」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
 
歴史的な内容における市町村名はその当時のものを使ったほうがいいと思います
1行目:
'''厳原港'''(いづはらこう)は[[長崎県]]の[[対馬]]南東岸([[対馬市]])に位置する[[港湾]]。対馬の中心的な役割を持つ港で、[[昭和26年]]に[[重要港湾]]に指定。
 
==概要==
54行目:
 
===珠丸事故===
[[九州郵船]]の対馬~壱岐~博多航路の旅客船「珠丸」(800トン、定員500名)は[[第二次世界大戦]]後の大陸からの引き揚げ者ら321名を乗せて、[[豊崎村(現・対馬市]][[上対馬町]]の[[比田勝港]]を[[1945年]][[10月8日]]午前2時に出港、同日中に対馬市[[厳原町]](現・対馬市厳原町)の厳原港に入港した。本来はここで乗客を乗せてからすぐに出港する航路だが、この日は[[台風]]が接近していたため5日間厳原港に停泊している。
 
その後[[10月14日]]午前6時15分に厳原からの乗客377名を加えて、乗客乗員730名で厳原港を出港。同日午前9時ごろ、[[壱岐]][[勝本町]](現・[[壱岐市]])の北15[[マイル]]、鶏知町(現・対馬市[[美津島町]]網掛崎の南東18マイルの水域で[[日本軍]]の敷設した[[機雷]]に左舷後部が接触し爆発。珠丸は後部船倉から浸水し、沈没した。
 
この事故の生存者は185名で、行方不明者は541名となっている。しかし終戦直後の混乱した状況の中、一刻も早く家に帰りたいと願う引き揚げ者が多数いた厳原港では闇切符が出回っており、また切符無しで乗船したものも多数いて、実際の乗船者数は1000名以上、犠牲者は800名以上といわれる。