「北海タイムス」の版間の差分

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[[1953年]][[12月10日]]、[[釧路地方裁判所]]での強盗殺人事件の公判中、北海タイムズ釧路支社報道部所属のカメラマンが記者席を離れて裁判官席のある壇上に登り、裁判長の制止を無視して被告人を撮影する。カメラマンは法廷の秩序を乱したとして過料に処せられる。カメラマンは報道と取材の自由を主張して最高裁へ特別上告するも、敗訴した([[北海タイムス事件]])。
 
[[1959年]][[4月1日]]、[[北海道炭礦汽船|北炭]]、[[毎日新聞社]]、[[東京急行電鉄|東急]]、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]等と共に設立した[[札幌テレビ放送]](STV)を開局。
 
[[1962年]][[5月1日]]東京の[[日刊スポーツ]]新聞社]]と提携し、設立した[[北海道日刊スポーツ新聞社]]より『[[日刊スポーツ]]』北海道版を創刊。また、[[1981年]][[12月1日]]には東京の[[日刊ゲンダイ]]と提携して『[[日刊サッポロ]]』を創刊した。
 
しかしながら、[[昭和]]30年代([[1955年]]〜[[1964年]])半ばより東京の各紙が北海道に進出。これに防戦する北海道新聞との間で挟み撃ちになる形で、絶えず経営難に悩まされることになる。さらに1996年にオーナーが変わり新社長が就任すると、新社長と旧経営陣・社員が対立、新社長が旧経営陣を解任したり、全員解雇や廃刊を実施しようとするなどして泥沼化、[[1998年]]7月末に新社長が辞めたあげく、[[9月1日]]に経営悪化から[[自己破産]]を申請して[[倒産]]、翌[[9月2日]]に[[休刊]]した。