「ブラックソックス事件」の版間の差分

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[[Image:Cobb jackson.jpg|thumb|250px|[[タイ・カッブ]](左)と[[ジョー・ジャクソン (野球)|ジョー・ジャクソン]](右)
ジャクソンのユニフォームは薄汚れている。]]
[[シカゴ・ホワイトソックス|ホワイトソックス]]のオーナー、[[チャールズ・コミスキー]]が必要な経費を出さない極端な[[wikt:吝嗇家|吝嗇家]]だったことが事件の背景にある。当時ホワイトソックスの選手たちは他のどのチームより低賃金でプレイさせられ、ついにはユニフォームのクリーニング代も選手の自腹としたため、彼らのユニフォームはトレードマークであるはずの白ソックスまで常に黒ずんでいた。そのために、彼らは[[1919年]]の八百長事件以前から「ブラックソックス」と揶揄されるありさまであった(右写真参照)。
 
こうした仕打ちに耐えかねていた選手たちのうち、まず賭博の主導者[[アーノルド・ロススタイン]]の手下の誘いに乗り八百長に手を染めたのは正一塁手のチック・ガンディルだったといわれている。彼に誘われた者、自ら話を聞きつけて仲間に加わった者など、“シューレス・ジョー”こと[[ジョー・ジャクソン (野球)|ジョー・ジャクソン]]を含む計7人の選手が、問題のシリーズで八百長を働いたとされている。他に八百長の全貌を知りながらそれを球団に報告しなかった三塁手のバック・ウィーバーを含めた8人が事件に関与したとされた。