「ツバキ」の版間の差分

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== 人間との関わり ==
ツバキの花は古来から日本人に愛され、[[京都市|京都]]の[[龍安寺]]には[[室町時代]]のツバキが残っている。[[他家受粉]]で結実するため、またユキツバキなどとの交配によって[[種]]が生じやすいことから、古くから選抜による品種改良が行われてきた。[[江戸時代]]には[[江戸]]の[[征夷大将軍|将軍]]や[[肥後国|肥後]]、[[加賀国|加賀]]などの[[大名]]、京都の[[公家]]などが園芸を好んだことから、庶民の間でも大いに流行し、たくさんの品種が作られた。[[茶道]]でも大変珍重されており、冬場の炉の季節は茶席が椿一色となることから「茶花の女王」の異名を持つ。また、[[西洋]]に伝来すると、冬にでも常緑で日陰でも花を咲かせる性質が好まれ、大変な人気となり、西洋の美意識に基づいた豪華な花をつける品種が作られた。
 
花が美しく利用価値も高いので、『[[万葉集]]』の頃からよく知られたが、特に[[近世]]に茶花として好まれ、多くの園芸品種が作られた。[[美術]]や[[音楽]]の作品にもしばしば取り上げられている。
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