「第18回参議院議員通常選挙」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
1行目:
{{Infobox 参議院議員通常選挙
| 投票日 = [[1998年]][[7月12日]]
| 内閣 = [[第2次橋本内閣 (改造)|第2次橋本改造内閣]]
| 任期満了日 = [[1998年]][[7月25日]]
| 改選数 = 126
14行目:
 
== 概説 ==
[[第2次橋本内閣 (改造)|第2次橋本改造内閣]]は選挙直前の5月に、離党議員の復党などで[[衆議院]]での[[自由民主党 (日本)|自民党]]の単独過半数を回復したことから、[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]]、新党さきがけとの連立を解消していた。前年からの[[景気]]減速は顕著なものになっており、[[失業]]率の悪化や[[金融機関]]の破綻などの事例などから、従来の財政再建路線から景気対策を重視するようになりつつあった。
 
[[ (日本)|自民党]]は、公示前は70議席を超えて勝利すると予想する者もあったが<ref>『週刊文春』宮川隆義</ref>、公示後の[[マスメディア|メディア]]の情勢記事では現状維持か、少し上回る60議席台前半と推測された。しかし、[[内角総理大臣|首相]][[国務大臣|閣僚]]の恒久減税に関する発言が迷走したことから[[内閣支持率|支持率]]が低下したことや、選挙区で2人擁立しての共倒れが続出したことなどから自民党の獲得議席は44議席と予想を大きく下回る敗北を喫し、橋本は敗北の責任を取って退陣した。その一方で、[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]が27議席、[[日本共産党|共産党]]が15議席を獲得するなどの健闘が目立った。
 
== 選挙データ ==
=== 内閣 ===
[[第2次橋本内閣 (改造)|第2次橋本改造内閣]](第83代)
 
=== 公示日 ===
 
=== 投票日 ===
43 ⟶ 41行目:
 
== 主な争点 ==
* [[橋本龍太郎]][[政権]][[経済政策]]の是非。
 
== 選挙結果 ==
108 ⟶ 106行目:
| style="text-align: right;"|1<br />{{bar|y|0|0}}{{bar|b|0|1}}
|-
| style="text-align: center;"|[[無所属]]
| style="text-align: right;"|20<br />{{bar|y|2|0}}
| style="text-align: right;"|8<br />{{bar|b|0|8}}
756 ⟶ 754行目:
 
== コメント ==
* 自民党の敗因は、前年の[[国民]]負担増([[消費税]]率引上げ等)、それに伴う[[景気]]の後退、[[失業]]率の上昇などとみられる。また、投票直前の橋本[[内角総理大臣|総理]][[国務大臣|閣僚]]の減税に関する発言が二転三転したことも[[有権者]]の不信を招いた。
* 自民党は負けたとはいえ[[野党]]側の選挙での共闘体制が整っていなかった。新進党の解党から間もない時期であることで、民主党が野党第一党にこそなったものの、民主、社民の両方から出馬での共倒れの1人区がある一方で、自民党以外では共産党や無所属しか立候補していない選挙区も有るなど、調整がほとんど成功しなかった。結果として選挙区では無所属候補者が多数当選し、一方で共産党が結党以来最多の当選者を出し、自民批判票の受け皿となった。
* 自民党の敗因の一つは改選定数が3人以上の選挙区での複数擁立による共倒れであり、自民候補は条件に当てはまる4都県(東京・埼玉・神奈川・愛知)で共倒れして議席を失い、共産党の候補者がそれらの全選挙区で議席を獲得した。
 
== 選挙後 ==
* 現有議席の大幅減を受け、橋本内閣は[[内閣総辞職|総辞職]]した。後継の[[小渕恵三]]内閣]]は、過半数割れした[[参議院]]対策に苦労し、連立を模索するようになる。
* 議席を獲得できなかった新党さきがけは「さきがけ」に改称、事実上の解散となった。同党はのちに「[[みどりの会議]]」に改称するが、当選者を出せないまま解散した。