「笑福亭枝鶴 (3代目)」の版間の差分

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[[川柳]]作家としても知られ、[[岸本水府]]主宰の「番傘川柳社」にも参加し、「浮かされた値札に金魚甘んじて」などの句がある。
 
復帰時に弟弟子の桂花治が2代目花團治を襲名しており、「花柳」のままでは2代目の弟子のように思われ都合悪いので、5代目松鶴の前名「枝鶴」の3代目を継ぐことになった。だが、4代目米團治は、「あれやったら、五代目の弟子になったみたいやがな。ほんまやったら、五代目より巧いのに・・・」と述べた。
 
[[笑福亭松鶴 (6代目)|6代目松鶴]]の自伝によると、死の数日前に、大阪市東成区大今里4丁目の自宅近くの飲食店で、当時入門前の松鶴らと[[メタノール|メチルアルコール]]を飲みすぎたため、[[急性アルコール中毒]]により死去した。桂米朝は、メチルは飯を食べると体内から毒が出るので、一緒に飲んだ者は飯を食べて助かったのに、枝鶴のみ飯を食べなかったので中毒死したと証言している。