「斎藤佑樹」の版間の差分

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=== プロ入り後 ===
;{{by|2011年}}
:オープン戦の時期に斎藤の投球を観戦し、その試合後に{{要出典範囲|date=2014年9月|テレビ番組の企画で}}斎藤と対談した[[野村克也]]は、斎藤の低めへのコントロールの秀逸さを褒め、「よい配球をすれば毎年10勝以上できるよ」と評価した。また野村は斎藤の礼儀正しさと精神力に感心し「大人しいようで、きちんというべきところでは自己主張している。骨があるピッチャーだ。今日から佑ちゃんのファンになったよ」とも発言していた。ただしこの対談で野村は「マー君は速球派になるか技巧派になるか悩んで成績を落としたことがある。どちらを目指すにしても、速球派・技巧派をきちんと定義して取り組むように」ともアドバイスをしている。4月17日、札幌ドームの千葉ロッテマリーンズ戦に先発でプロ初登板し、5回4失点([[自責点]]1)で初勝利。同期入団のルーキーの中で初勝利一番乗りとなった。投球については投手コーチの[[吉井理人]]から変化球が多い事を問題視され、直球の割合を増やす事を課題とされた。5月8日の福岡ソフトバンクホークス戦(札幌ドーム)に先発で1回を3者凡退に抑えたが、左脇腹の違和感を訴えて降板。左内腹斜筋の筋挫傷で全治2~3週間と診断され、[[出場選手登録]]抹消となった。6月29日に一軍復帰。7月22日からの[[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]では2試合の登板を無失点に抑え、スカイアクティブテクノロジー賞を受賞。シーズンでは故障もありながらローテーションの5番手に加わり6勝6敗防御率2.69とまずまずの成績を挙げた一方で、投球イニングの少なさ(QS率は42.1%)や被打率の高さ、[[WHIP]]は1.47と課題も残した。当時日本ハムの監督だった[[梨田昌孝]]は、この年亡くなった[[西本幸雄]]からシーズン前に斎藤の投球フォームについて「あいつの投げ方はあかん。左足が突っ立っとる。右腕が棒のようにかかっとるやないか。[[能見篤史]]のように、腕をしならせて投げるよう、指導せえ」と言われていたことを11月29日に行われた西本の告別式で明かした<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/11/30/kiji/K20111130002136050.html 「腕をしならせて投げろ」西本さん 斎藤に遺言あった]サンケイスポーツ(2011年11月30日)</ref>。[[2011年のパシフィック・リーグクライマックスシリーズ|クライマックスシリーズ]]では登板機会が無かった。
 
;{{by|2012年}}
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