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室町幕府の[[九州探題]]である[[今川貞世]](了俊)は兼好の弟子の命松丸とも親交があり、兼好の没後、編纂に関わったとされる。
 
執筆後約百年間は注目されなかったようで、同時代の史料に『徒然草』への言及は伝わらないが、室町中期に僧・[[正徹]]が注歌師たちに波及し、[[応仁の乱]]の時代に生きた彼らは、「無常観の文学」という観点から『徒然草』に共感をよせた。[[江戸時代]]になると、版本が刊行され、は加藤磐斎の『徒然草抄』([[1661年]]、寛文1年)、[[北村季吟]]の『徒然草文段抄』([[1667年]]、寛文7年)といった注釈書も書かれていく。『徒然草』に記された教訓は町人などにも親しみやすく、身近な古典として愛読され、江戸期の文化に多大な影響を及ぼした。こうして『徒然草』は古典となり、文学上の位置が確定した。それだけに写本は江戸時代のものが多く、室町時代のものは非常に少ない。最も古い写本として「つれづれ草常縁本」と通称されるものがあり、これは署名はないものの[[足利時代]]の歌人である[[東常縁]]の自筆と鑑定されている(常縁本は二巻から成り、上巻は[[村井順]]が名古屋で発見し[[早稲田大学図書館]]が所有、下巻は海外の収集家が所有していたものが1980年代末にオークションに出品され、[[反町茂雄]]が落札した)<ref>[https://books.google.co.jp/books?id=OFj6WWtWfeoC&pg=PA305 『日本の古典籍 その面白さ その尊さ』p305]反町茂雄(八木書店、1984)</ref><ref>[https://waseda.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=35197&item_no=1&page_id=13&block_id=21 早稲田の古典籍 ここだけの話(1) ]松下眞也、ふみくら : 早稲田大学図書館報、2008-12-01</ref>
 
絵画化も非常に遅かったらしく、現今では[[寛永]]7年([[1630年]])刊の絵入版本が最古とされる。その後絵入の『徒然草』は広く愛好された様で、[[土佐光起]]、[[住吉具慶]]・[[住吉如慶|如慶]]、[[海北友雪]]といった当時一流の絵師の筆による絵巻、画帖が現存している。特に海北友雪の「徒然草絵巻」([[サントリー美術館]]蔵、全20巻)は、『徒然草』のほぼ全ての章段を絵画化した大作である。また、絵本や絵入版本も大量に作られ、今日でも数多く残る。