「西光万吉」の版間の差分

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第二次世界大戦後は、一転して日本の再軍備に反対し「不戦和栄」を訴えた。原水爆禁止運動にも加わるなど社会運動にも取り組んだが、部落問題に関わることはなかった。生前に公の場で半生を回顧する機会もなく、画家として余生を送った。
 
後世の評価には、部落解放運動における西光の水平社宣言がクローズアップされる一方、思想転向後の経歴は黙殺されることも多い。[[永六輔]]は[[1968年]]頃に芸能史の取材で西光と会っているが、「ひょっとしてあなたは、水平社宣言をお書きになった先生ですか」と永に尋ねられた西光は非常に困惑した顔を見せたという<ref>http://www.jinken.ne.jp/flat_now/buraku/2001/02/02/1345.html</ref>
 
== 略歴 ==