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この[[女人禁制]]の風習は明治期の「違式註違条例」発令と「神道の穢れ感」を利用し「虚構の伝統」が創られたとされる<ref name=yoshi>吉崎祥司、稲野一彦、[http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/933 相撲における「女人禁制の伝統」について] 北海道教育大学紀要 2008年8月 第59巻 第1号 人文科学・社会科学編, {{issn|1344-2562}}</ref>。日本の相撲の歴史においては、[[室町時代]]から[[女相撲]]も存在した<ref name=yoshi />。
 
[[2007年]][[9月19日]](秋場所11日目)には観客の40歳前後の女性が土俵に乱入する事件が発生している。これに関して日刊スポーツは「約1400年の大相撲の歴史で初めて女人禁制が破られた」としている<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201804050000234.html 女性乱入ハプニング/過去の女人禁制問題] - 日刊スポーツ、2018年4月5日</ref>。日本相撲協会側ではこれについて、この女性が土俵内には入っていないため伝統は破られていないとしている<ref>[http://www.afpbb.com/articles/-/2285939?pid=2164687 大相撲 土俵に女性乱入で伝統は崩壊か?] - AFPBB、20172007年9月20日</ref>。
 
しかし、それ以前の[[1957年]]に四国巡業において女相撲の大関若緑の引退セレモニーが行われ、この際、若緑は大相撲の土俵に上がっている<ref>[http://www.hochi.co.jp/entertainment/20180408-OHT1T50167.html 約60年前に土俵に上がった“女大関”の息子が巡業騒動に言及…「バンキシャ!」が特集] - 2018年4月8日19時8分 スポーツ報知</ref><ref>遠藤泰夫『女大関 若緑』朝日新聞社、2004年。ISBN 978-4021000843</ref>。
 
===志願者の減少と意識の変容===
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