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[[12月30日]]、ほぼRPT支配下の議会は大統領の3選禁止事項を撤廃する憲法改正案を可決した。
 
[[2003年]]11月、[[中華人民共和国]]の援助で新しい大統領宮殿を建設し始める<ref>{{cite news|publisher=[[BBC]]|title=New palace for Togo's new leader|url=http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/4941502.stm|date=2006-04-25|accessdate=2018-07-24}}</ref><ref>{{cite news|publisher=[[BBC]]|title=Togo to build new presidential palace|url=http://www.panapress.com/Togo-to-build-new-presidential-palace--13-494474-18-lang2-index.html|date=2003-11-06|accessdate=2018-07-24}}</ref>。
[[2005年]][[3月5日]]、エヤデマ大統領が病気療養のためフランスに向かう途中、[[心臓発作]]で死去した。
 
同大統領は、1967年のクーデターにより政権の座に就いてから死去するまでのおよそ40年近く政権の座にあり、アフリカ最長政権の大統領として事実上独裁に近い体制を敷き君臨した。
[[2005年]][[3月5日]]、エヤデマ大統領が療養のためフランスに向かう途中、飛行機の中で死去した。同大統領は、1967年のクーデターにより政権の座に就いてから死去するまでのおよそ40年近く政権の座にあり、アフリカ最長の国家指導者という事実上の[[独裁者]]として君臨した<ref>{{cite news|publisher=[[NBC]]|title=Africa's longest serving leader dies - World news|url=http://www.nbcnews.com/id/6918721/ns/world_news/t/africas-longest-serving-leader-dies-son-vaulted-power/|date=2005-02-06|accessdate=2018-07-24}}</ref>。
 
トーゴ共和国憲法では大統領死去の際の代行職には国会議長が就くとされているが、ナンジャ陸軍参謀長は「国会議長は外遊中であり、権力の空白を防ぐため」として、エヤデマ大統領の息子[[フォール・ニャシンベ]]設備・鉱業・電気通信相が代行職に就いたと発表した。しかし実際は、トーゴ軍が陸海空全ての国境を閉鎖したため、国会の{{仮リンク|ファンベア・オウアターラ・ナッチャバ|en|Fambaré Ouattara Natchaba}}議長がトーゴ国内に戻れなくなっており、「権力世襲」「憲法違反」の措置であると[[西アフリカ諸国経済共同体]](ECOWAS)や[[アフリカ連合]](AU)等の国際社会から非難され、[[2月25日]]にニャシンベ大統領は辞任した。