「ダイハツ工業」の版間の差分

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親会社のトヨタ同様、使い勝手と品質に優れたクセのない車が多く、オーソドックスな軽セダンだか経済性とコストパフォーマンスに優れた[[ダイハツ・ミライース|ミライース]]や居住空間や乗降性に優れた[[ダイハツ・タント|タント]]、および[[ダイハツ・ムーヴ|ムーヴ]]はその代表である。これらをベースにした福祉車両や、軽トラックも評価が高く、2014年の軽福祉車両市場においてダイハツが50%を占めるに至っている<ref>[https://ansinkaigo.jp/knowledge/3906 【自動車メーカー福祉車両開発インタビュー】ダイハツ工業株式会社 より低価格・高機能 軽の福祉車両で実現[PR]]</ref>。また軽トラック市場も[[ダイハツ・ハイゼット|ハイゼット]]などを主力に、スズキとシェアトップを奪い合っている<ref>[http://jamaserv.jama.or.jp/newdb/ JAMA]</ref>。その分スポーティーな印象は薄いが、[[ダイハツ・コペン|コペン]]、[[ダイハツ・タント|タント・カスタム]]、[[ダイハツ・キャスト|キャスト・スポーツ]]のような趣味性を売りにした車種も存在する。また近年では[[ダイハツ・ストーリア|ストーリア]]や[[ダイハツ・YRV|YRV]]、[[ダイハツ・ブーン|ブーン]]、[[ダイハツ・ブーンルミナス|ブーンルミナス]]、[[ダイハツ・クー|クー]]、[[ダイハツ・トール|トール]]などで、軽自動車開発で培ってきた[[ノウハウ]]を小型車開発にも生かしている。
 
親会社のトヨタと違う点として、[[ハイブリッド]]ではなく内燃機関・シャーシの改良によって低燃費・低コストを実現する'''イース(eS)テクノロジー'''にこだわる姿勢を見せているところが挙げられる。エンジンは90年代後半から採用され始めた『TOPAZ(TOP from A to Z)』と名付けられたシリーズで、低圧縮比による低燃費だけでなく、世界初採用の触媒早期活性化システムとスーパーインテリジェント触媒により低排出ガスを実現している。またシャーシは軽量化・高剛性・安全を同時に実現するTAF(Total Advanced Function)と呼ばれ称する技術を採用する<ref>[https://www.daihatsu.com/jp/news/1998/19981006-01.html ダイハツ軽新規格車 新型「ミラ」、「ムーヴ」、「テリオスキッド」を新発売]</ref>。一方で2014年発売のムーヴでは過剰な燃費競争から降りて、走行性能を追求することを宣言している<ref>[http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20150106/1062004/ 日経トレンディネット ダイハツ・ムーヴ “燃費チキンレース”はもうしない!]</ref>。[[衝突被害軽減ブレーキ]]などの[[運転支援システム]]に関してもトヨタに頼らず、『'''[[スマートアシスト]]'''』と呼ばれる技術を独自に開発している。
 
以前は逆にモーター駆動の開発に熱心で、[[電気自動車]]の開発を1965年に始めていた。1966年に[[ダイハツ・コンパーノ|コンパーノバン]]をベースとした試作車を発表、1968年にはハイゼットバンをベースとした[[ダイハツ・ハイゼット|ハイゼットEV]]の販売を開始、以後電動ゴルフカートやDBC-1、[[ダイハツ・ハロー|ハロー]]、[[ダイハツ・ラガー|ラガーEV]]などさまざまな車種を発表、販売している。公道走行可能なEVで2000台近く、遊園地などの構内専用車種を含めると8000台を超える販売実績がある。2005年には軽初となるハイブリッドのハイゼットカーゴを発売したり、2012年にはハイゼットEVの実証実験車が発表されている。なお将来的に[[ゼロ・エミッション]]法の世界的広がりにより販売が必須となることが予想されるEVに関しても、「トヨタに頼らない」としていたが、昨今の急激なEVシフトの流れにより、トヨタとマツダの合弁会社『EV.C.A.SPIRIT』への出資が確実と見られている<ref>[http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/061400696/ ダイハツ新社長「EVはトヨタに頼らない」]</ref>。
 
ディーゼルエンジン開発にも早くから取り組み、特に小型ディーゼルエンジン技術で実績を残している。[[1960年代]]初頭に小型トラック用としてはクラス初のディーゼルエンジン採用で先鞭を付け、1983年には[[ダイハツ・シャレード|シャレード]]で当時世界最小排気量となる1リッター3気筒の乗用ディーゼルエンジン([[ダイハツ・CB型エンジン|CL型]])を開発。これが1リッター36.54kmという驚異の燃費で世界記録を樹立し、ギネスブックにも記載された<ref group="注釈">この記録は[[フォルクスワーゲン・ルポ]] 3L TDIが2001年に登場するまでの10年間破られなかった</ref>。2003年の東京モーターショーでも660ccの2ストロークディーゼルエンジンが出展されたものの、こちらは市販化には至っていない。過去には船舶用の低速大型ディーゼル機関も生産しており、[[太平洋戦争]]後の[[1950年代]]以降は、国鉄の[[ディーゼル機関車]]・[[気動車]]向けディーゼル機関生産に、先発の[[新潟鐵工所]]・[[神鋼造機]]と共に携わった。これら船舶用ディーゼルエンジンは[[1966年]](昭和41年)に[[分社]]された系列の「[[ダイハツディーゼル]]」に移管して製造されているが、[[トヨタ・ランドクルーザープラド|ランドクルーザープラド]]など自動車のディーゼルエンジンの受託生産は今もダイハツ工業が行っている。
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1970年代に[[スズキ (企業)|スズキ]]に[[4ストロークエンジン]]を供給していたことがある。当時の排ガス規制に対応できず困っていたスズキはトヨタを頼り、トヨタは系列会社となっていたダイハツにAB型エンジンの供給を要請、これが実現した<ref>[https://clicccar.com/2016/01/27/351405/2/ トヨタとダイハツ提携の歴史にはスズキとの関わりもあった]</ref>。同様に[[ダイハツ・シャレード|シャレード]]に搭載され高い評価を受けていた3気筒CBエンジンを、1982年から93年までイタリアの[[イノチェンティ・ミニ]]社に供給していた。
 
日本で初めて[[水平対向エンジン]]の乗用車(三輪)を作ったメーカーでもある。1951年の[[ダイハツ・Bee|Bee]]がそれで、駆動形式はRR、リアサスペンションは独立懸架式という当時としては先進的なものだった。この他軽自動車に四輪独立懸架を積極的に導入したり、660ccの4気筒エンジンである[[ダイハツ・JB型エンジン|JBエンジン]]を開発したり、「軽のGTカー」とも呼べる[[ダイハツ・ソニカ|ソニカ]]や対国内ラリー特化型兵器[[ダイハツ・ストーリア|ストーリアX4]]を販売したりするなど、現在の堅実な車作りとは裏腹に挑戦的な開発姿勢を見せていたこともあった。
 
その機械加工能力の水準を買われ、1920年代以来、[[日本国有鉄道|国鉄]](当初は鉄道省)との関わりも深く、鉄道向け機器としては[[蒸気機関車]]用の給水加熱器や[[メカニカル・ストーカー|自動給炭機]](国鉄・[[汽車製造]]との共同開発)、[[客車]]室内の[[引き戸]]用[[ドアチェック]]、[[通勤形車両 (鉄道)|通勤電車]]の[[自動ドア]]向け[[ドアエンジン]]などを製造した。このため、鉄道用[[空気ブレーキ]]装置の大手メーカーである日本エヤーブレーキ(現・[[ナブテスコ]])の設立にも関わっている。