「アービング・G・タルバーグ賞」の版間の差分

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1930年初頭に現在のハリウッドを牽引し、現在のアメリカにおける映画製作システムを確立しながら、1936年に若くして病没したMGMの辣腕プロデューサー、[[アーヴィング・タルバーグ]]の業績を記念して、第10回([[1937年]])から授与が始まった特別賞で、映画業界に顕著な証跡を挙げたプロデューサーを対象に受賞者が選考される。
 
MGM のルイス・メイヤーはタルバーグを高く評価し、同時に深く嫉妬していた。その彼がタルバーグを祭り上げたのは、映画会社が求めつづける憧れであると同時に、メイヤーのみならずメジャーに君臨する帝王たちの悪評に対して"聖人"を生み出す必要があったからとされる。
 
しかし後年になるに従い、プロデューサーの他にも[[アルフレッド・ヒッチコック]]や[[スティーヴン・スピルバーグ]]、[[ジョージ・ルーカス]]など、長年に渡り娯楽性に優れた作品を数多く発表し、また興行的にも優れた業績を残しながらも、アカデミー賞とは縁遠かった映画監督に贈られるようになり、一種の'''残念賞'''的な意味合いが強くなっていった。
 
コッポラ、ルーカスといったディレクター=プロデューサーの役割をフューチャすることにより、実際はどうであれ寛容なハリウッドのイメージを高め、60年代後半からのプロデューサーの役割を会社自体に置き換える効果もあった。財務的に最悪期の記憶を薄れさせ健全そのままの映画作りが求められる。その結果、東海岸上流階級のプリンスであったベイティでも99年、ザナック&ブラウンは90年にやっと授賞し、ロバート・エヴァンズは完全に無視されている。
 
== 受賞者 ==