「マーキュリー・レコード」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
46行目:
[[織田裕二]]など他レコード会社所属歌手が移籍する形で徐々にアーティストを拡大。1995年に[[松田聖子]]が5億円の契約金を得て、古巣の[[ソニー・ミュージックレコーズ|ソニーレコード]]からマーキュリーに移籍したことはソニーからの[[リストラ]]と言われるなど話題となった。その後、ポリグラム系列の[[A&Mレコード]]から全米再デビューを果たし、1996年のシングル「[[あなたに逢いたくて〜Missing You〜/明日へと駆け出してゆこう]]」で[[ミリオンセラー|ミリオンセールス]]を記録。
 
なお[[ポリグラム]]グループでフォノグラムの買収により子会社となった[[ポリドール・レコード|ポリドール]]株式会社の方が古くからJ-POPの制作を行っているが、グループ内で実際に事業統合が行われるようになるのは[[ユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサルミュージック]]が発足して3年近く経過した2002年に入ってからのことである。
 
2000年3月にMMEのJ-POP制作部門を[[ユニバーサルミュージック (日本)|ユニバーサルミュージック]]に組み込む形で事業譲渡し解散し、同年中に旧[[キティフィルム|キティエンタープライズ]]と制作部門を統合したユニバーサルミュージック内の社内カンパニー「キティMME」として発足。MME所属アーティストも異動した。
 
キティMMEとポリドールは2002年に「ユニバーサルJ」として集約されたが、そこから新たにユニバーサルシグマとナユタウェイブレコーズなどJ-POPの制作部門が独立する形で新設されている。