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472年以降、[[西ヨーロッパ]]から姿を消していたが、14世紀には全世界にわたるペストの大流行が発生した。この流行はアジアから[[シルクロード]]を経由して欧州に伝播し、人口の約3割を死亡させた。全世界でおよそ8,500万人、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2に当たる、約2,000万から3,000万人が死亡したと推定されている。
 
14世紀の大流行は[[中国大陸]]で発生し、中国の人口を半分に減少させる猛威を振るった。当時[[ユーラシア]]の一大勢力を築いていた[[モンゴル帝国]]では[[チンギス・カン|チンギス・ハーン]]末裔の諸家どうしの権力抗争が続いていたところへ流行によって帝国内のが襲い、諸家の断絶を招いて帝国基盤弱体化衰亡させる要因となった。1347年10月(1346年とも)、[[中央アジア]]から[[イタリア]]の[[シチリア島]]の[[メッシーナ]]に上陸した。ヨーロッパに運ばれた[[毛皮]]についていた[[ノミ]]が媒介したとされる。流行の中心地だった[[北イタリア|イタリア北部]]では住民がほとんど全滅した<ref>以上の記述は同上資料</ref>。1348年には[[アルプス山脈|アルプス]]以北のヨーロッパにも伝わり、14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し、猛威を振るった。ヨーロッパの社会、特に[[農奴]]不足が続いていた[[農奴制|荘園制]]に大きな影響を及ぼした。
 
1377年に[[ヴェネツィア]]で海上[[検疫]]が始まった。当初30日間だったが、後に40日に変更された。[[イタリア語]]の40を表す単語からquarantine(検疫)という言葉ができた。