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| 愛称 =
| 性別 = [[男性]]
| 出生地 = {{JPN}}・[[神奈川県]][[横浜市]][[南区 (横浜市)|南区]]<ref>{{Cite web|url=https://dictionary.goo.ne.jp/word/person/小杉十郎太/|title= 小杉 十郎太|work=goo人名事典|accessdate=2019-10-09}}</ref>
| 死没地 =
| 生年 = 1957
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| 没月 =
| 没日 =
| 血液型 = [[ABO式血液型|B型]]{{R|Profile}}
| 身長 = 170 [[センチメートル|cm]]<ref name="oricon">{{Cite web |url=https://www.oricon.co.jp/prof/217952/profile/|title=小杉 十郎太(出典:VIPタイムズ社) |work=ORICON NEWS |publisher=オリコン |accessdate=2019-10-09}}</ref>
| 身長 = 170 [[センチメートル|cm]]
| 職業 = [[声優]]、[[ナレーター]]、[[歌手]]
| 事務所 = [[大沢事務所]]
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| 影響 =
}}}}
'''小杉 十郎太'''(こすぎ じゅうろうた<ref>{{Cite book|和書|year=1999|title=声優名鑑|page=444|publisher=成美堂出版|id=ISBN 978-4-41-500878-3}}</ref>、[[1957年]][[12月19日]]<ref name="Profile">{{Cite web|date=|url=http://kosugi-jurota.com/profile.html|title= Profile|publisher=小杉十郎太オフィシャルサイト|accessdate=2019-10-09}}</ref> - )は、[[日本]]の[[男性]][[声優]]、[[ナレーター]]、[[歌手]]である。[[大沢事務所]]所属。血液型はB型。{{VOICE Notice Hidden|冒頭部分に記載する代表作は、編集合戦誘発の原因となりますので、多数の出典で確認できるものに限ってください。[[プロジェクト:芸能人#記事の書き方]]にてガイドラインが制定されていますので、そちらも参照して下さい。}}
 
== 経歴 ==
子供の頃、父親や親戚が[[医師|医者]]であり、「僕も大きくなったら医者になるんだ」と何となく思っていたが、高校生の時に[[洋画]]『[[太陽がいっぱい (映画)|太陽がいっぱい]]』を見て「声優も面白そうだな」と興味を持ち始める<ref name="V"/>。[[日本大学芸術学部・大学院芸術学研究科|日本大学芸術学部]]では[[放送学科]]を専攻し{{R|Profile}}、確固たる信念があったわけではないが、大学を卒業する頃に[[テレビ]]や[[ラジオ]]の[[アナウンサー]]試験を受けたものの、すべて不合格となる。卒業後、[[松竹]]で4年間サラリーマン生活を送る。当時は『[[男はつらいよ]]』シリーズの営業や各種の業務を担当していた。ある時、飲み屋の仲間に[[コマーシャルメッセージ|CM]]製作[[ディレクター]]がおり、[[タカラ (玩具メーカー)|タカラ]]の『[[人生ゲーム|NEW人生ゲーム]]』のCMナレーションの仕事に誘われ、学生時代の経験を生かしてその仕事を受けた事が声優を始めるきっかけとなった<ref name="seiyu">成美堂出版編集部編「私はこうして声優になった 小杉十郎太さん」『声優になりたい人の本』[[成美堂出版]]、2008年4月10日、ISBN 978-4-415-30329-1、20-23頁。</ref>。
 
そのディレクターが[[東京俳優生活協同組合]]のマネージャーであった大沢和男の知り合いで、丁度独立し大沢事務所を立ち上げる時期だったために紹介され所属することとなった。当初ナレーションの仕事を中心に活動していたが、事務所から『[[機動戦士Ζガンダム]]』のオーディションを受けるよう言われて合格し、[[ヘンケン・ベッケナー|ヘンケン艦長]]役でデビューする。