「浮世絵」の版間の差分

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{{Refnest|group=注釈|先述した、歌麿・豊国の『絵本太閤記』摘発、国芳の「源頼光公館土蜘作妖怪図」回収例を参照。}}ので、それ以前の史実を、当世の暗喩として表現する方法を取った。暗喩の有無を問わず、これらの作品を「[[武者絵]]」と呼ぶ{{Sfn|小林・大久保|1994|pp=98-103|ps=大久保「武者絵・物語絵」}}{{Sfn|国際浮世絵学会|2008|pp=471-472|ps=岩切友里子「武者絵」}} 。
 
国芳は役者絵以外に、「[[戯画]]」も多く作画し、「金魚づくし」シリーズ等、動物を擬人化したり、「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」のように、複数の裸の男を組み合わせ、顔を表現したり、天保の改革で役者絵が禁止されたので、「荷宝蔵壁のむだ書」のように、壁のひっかき傷で役者をひそかに表現したりした。改革に抵抗し、笑い飛ばす姿勢が窺える{{Sfn|菊ほか|1982|p=36|ps=「釘絵」}}{{Sfn|小林・大久保|1994|pp=104-105|ps=大久保「戯画」}}{{Sfn|国際浮世絵学会|2008|pp=59-60|ps=稲垣進一「歌川国芳」}}{{Sfn|国際浮世絵学会|2008|pp=159-160|ps=及川茂「戯画」}}{{Sfn|藤澤|2008|pp=42-44}}。
 
[[File:Rijksmuseum Volkenkunde namazue kanameishi.jpg|thumb|250px|鯰絵。鹿嶋明神が地震を起こす鯰を要石で押さえつけている。]]
*{{Cite book|和書|author=渡辺規編|date=1974-1|title=渡辺庄三郎|publisher=渡辺木版美術画舗|ref={{SfnRef|渡辺|1974}}}}
*{{Cite book|和書|author=金谷治訳注|date=1975-5-16|title=荘子 第二冊外篇|publisher=[[岩波書店]]|series=[[岩波文庫]]|isbn=4-00-332062-X|ref={{SfnRef|金谷|1975}}}}
*{{Cite book|和書|author1=菊貞夫|author2=ほか|date=1982-4-15|title=原色浮世絵大百科事典3 様式・彫摺・版元|publisher=[[大修館書店]]|ref={{SfnRef|菊ほか|1982}}}}
*{{Cite book|和書|author1=高橋雅夫校注|author2=佐山半七丸著|author3=[[速水春暁斎]]図画|date=1982-10-8|title=都風俗化粧伝|publisher=[[平凡社]]|series=[[東洋文庫]]|ref={{SfnRef|高橋|1982}}}}
*{{Cite book|和書|author=石田尚豊ほか監修|date=1987-5|title=日本美術史事典|publisher=[[平凡社]]|ref={{SfnRef|石田ほか|1987}}}}