「アトラクター」の版間の差分
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相空間上の[[軌道 (力学系)#特殊な軌道|周期軌道]]に収束するタイプのアトラクターを、'''周期アトラクター'''({{Lang-en|periodic attractor|links=no}}){{Sfn|徳永|1990|p=70}}{{Sfn|小室|2005|p=45}}<ref name="井庭・福原"/>や'''周期的アトラクター'''{{Sfn|Thompson & Stewart|1988|p=iii}}<ref name="郷原"/>という。
連続力学系では、周期軌道とは相空間上の1本の[[単純閉曲線]]であり、解はその線を沿って動き続ける{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012b|p=149}}。近傍の軌道が引き付けられる漸近安定な閉曲線と近傍の軌道が離れていく漸近不安定な閉曲線を、合わせて[[リミットサイクル]]と呼ぶ{{Sfn|郡・森田|2011|p=17}}。周期アトラクターとは漸近安定な[[リミットサイクル]]のことであるが、周期アトラクターを指して単に'''リミットサイクル'''と呼ぶこともある{{Sfnm|合原(編)|2000|1p=15|伊東|1993|2p=14–15|小室|2005|3p=45}}<ref name="井庭・福原"/>。離散力学系では漸近安定な[[周期点]]が周期アトラクターに対応する<ref>{{
周期アトラクターの場合、自励的連続力学系では {{Math|'''R'''<sup>2</sup>}} 以上から存在する{{Sfn|Strogatz|2015|pp=12–13}}{{Sfn|伊東|1993|p=80}}。周期アトラクターが現れる例として、次の[[ブラッセレーター|ブラッセレーター方程式]]がある{{Sfn|Jackson|1994|pp=288, 299}}{{Sfn|郡・森田|2011|pp=20–22}}。
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相空間上の[[準周期軌道]]に収束するタイプのアトラクターを、'''準周期アトラクター'''({{Lang-en|quasi-periodic attractor|links=no}}){{Sfnm|徳永|1990|1p=71|小室|2005|2p=45}}<ref name="井庭・福原"/>や'''概周期アトラクター'''<ref name="郷原">{{Cite journal ja-jp |author = 郷原 一寿 |year = 1996 |title = ダイナミカルシステムとしての生物 |journal = BME |volume = 10 |issue = 4 |publisher = 日本生体医工学会 |doi = 10.11239/jsmbe1987.10.4_3 |pages = 5–6 }}</ref><ref name="井庭・福原"/>という。
連続力学系では、準周期軌道とは相空間上の[[トーラス]]表面に巻きつく非閉曲線である{{Sfn|竹山|1992|p=44}}。準周期軌道はトーラス上を[[稠密集合|稠密]]に覆いつくし、ある点を通る準周期軌道はいくらでもその点の近くに戻って来る{{Sfn|Hirsch, Smale & Devaney|2007|p=122}}。準周期アトラクターを指して単に'''トーラス'''と呼ぶこともある{{Sfn|合原(編)|2000|p=15}}{{Sfn|伊東|1993|p=14–15}}。離散力学系では
自励的な連続力学系では、準周期アトラクターは {{Math|'''R'''<sup>3</sup>}} 以上の相空間に存在する{{Sfnm|徳永|1990|1p=70|伊東|1993|2p=15}}。[[ポアンカレ・ベンディクソンの定理]]によって、{{Math|'''R'''<sup>2</sup>}} の相空間には点アトラクターと周期アトラクターしか存在しないことが知られている{{Sfn|グーリック|1995|pp=240–241}}。準周期アトラクターが現れる例として、ウィリアム・ラングフォードがトーラスからカオスへの分岐を研究するために用いた次のラングフォード方程式が挙げられる{{Sfn|合原(編)|2000|p=50}}{{Sfn|徳永|1990|pp=70–71}}。
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==一つの系が持つアトラクター・ベイスンの数・種類・変化==
1つの系に存在するアトラクターは1つとは限らず、1つの系に複数のアトラクターが共存できる{{Sfn|井上・秦|1999|p=61}}。1つの系に多数のアトラクターが併存することは
[[File:Julia set for the rational function.png|thumb|310px|{{Math|''p''(''z'') {{=}} ''z''<sup>3</sup> − 1, ''z'' ∈ '''C'''}} に[[ニュートン法]]を適用してできるベイスンのフラクタル境界。点アトラクターは3つの点 {{Math|''z''<sub>1</sub> {{=}} 1}} と {{Math|''z''<sub>2</sub> {{=}} −1/2 + ''i''{{sqrt|3}}/2}} と {{Math|''z''<sub>3</sub> {{=}} −1/2 − ''i''{{sqrt|3}}/2}} であり{{Sfn|Falconer|2006|p=301}}、図では {{Math|''z''<sub>1</sub>}} のベイスンを赤色で、{{Math|''z''<sub>2</sub>}} のベイスンを緑色で、{{Math|''z''<sub>3</sub>}} のベイスンを青色で、ガウス平面を塗り分けている。]]
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他の特殊で複雑なベイスンとしては'''リドルベイスン'''や'''リドルドベイスン'''({{Lang-en|riddled basin|links=no}})と呼ばれるものがある{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012a|p=188}}{{Sfn|早間|2002|p=133}}{{Sfn|井上・秦|1999|p=136}}。あるアトラクター ''A'' のベイスンを ''β''(''A'') で、併存するアトラクター ''B'' のベイスン ''β''(''B'') で表すとする。''β'' (''A'') が ''β''(''B'') に対してリドルであるとは、''β''(''A'') の全ての点の開近傍に ''β'' (B) が有限の割合で含まれることを意味する{{Sfn|早間|2002|p=133}}<ref>{{Cite journal ja-jp |author = 堀田 武彦・末谷 大道 |year = 1992 |title = リドル・ベイスンの多重フラクタル構造 |journal = 理論応用力学講演会 講演論文集 |series = 51 |publisher = 日本学術会議メカニクス·構造研究連絡委員会 |doi = 10.11345/japannctam.tam51.0.232.0 |page = 232 }}</ref>。「リドルド({{Lang-en|riddled|links=no}})」とは「穴だらけの」の意味で、直感的に言えばリドルベイスンとは''β'' (''A'') が ''β'' (B) によって穴だらけにされているような状態を意味する{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012a|p=188}}{{Sfn|早間|2002|p=133}}。リドルベイスンはストレンジアトラクターを部分相空間として含むような相空間の力学系が必要であり、離散力学系であれば2次元以上から、連続力学系では4次元以上から生じる{{Sfn|早間|2002|pp=133–134}}。フラクタル境界やリドルベイスンのような複雑なベイスンが存在する帰結として、カオスとは異なる予測困難性が出てくる{{Sfn|井上・秦|1999|p136}}{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012a|p=190}}。すなわち、ある初期値を取ったときにいずれのアトラクターに引き込まれるかが、ほとんどの初期値において予測不可能となる{{Sfn|上田|2008|p=150}}。振る舞いの予測のためには初期値の指定に限りない正確さが求められることになり、初期値のごくわずかな違いは結果の大きな違いを生むこととなる{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012a|p=190}}{{Sfn|井上・秦|1999|p136}}。
[[File:Hopf-bif.gif|thumb|300px|[[ホップ分岐]]の例。パラメータの変化にともなってアトラクターが、点アトラクター → 周期アトラクター(青の閉曲線) → 点アトラクター と変化する。]]
系のパラメータ(微分方程式や写像の係数)が変わると、ある臨界値を境に系の定性的な振る舞いが変わることがある{{Sfnm|井上・秦|1999|1p=36|Strogatz|2015|2p=49}}。この現象を[[分岐 (力学系)|分岐]]という{{Sfnm|井上・秦|1999|1p=36|Strogatz|2015|2p=49}}。アトラクターやベイスンも分岐によって変化する{{Sfn|徳永|1990|p=80}}{{Sfn|上田|2008|p=14}}。点アトラクターが周期アトラクターになったり、周期アトラクターが準周期アトラクターになったりする{{Sfn|徳永|1990|p=80}}。あるいは、アトラクター自体が消滅したり、新しいアトラクターが出現したりする{{Sfn|上田|2008|p=14}}。
特に、単純な振る舞いがいくつかの分岐を経てカオス的振る舞いへ変わる道筋は、'''カオスへのルート'''({{Lang-en|route to chaos|links=no}})などと呼ばれる{{Sfnm|徳永|1990|1p=98|松本・徳永・宮野・徳田|2002|2p=20|合原・黒崎・高橋|1999|3p=31}}。広く認知されているカオスへのルートには、'''周期倍分岐ルート'''、'''間欠ルート'''、'''準周期崩壊ルート'''の3つがある{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=21}}。周期倍分岐ルートでは、周期アトラクターが有限のパラメータ範囲の中で[[周期倍分岐]]を無限回繰り返してカオスに至る{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=21}}。周期倍分岐とは {{Mvar|k}} 周期の安定閉軌道が {{Mvar|k}} 周期の不安定閉軌道と {{Math|2''k''}} 周期の安定閉軌道と分岐する現象で{{Sfn|グーリック|1995|p=48}}、無限の周期倍分岐の列は周期倍カスケードとして知られる{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012b|p=192}}。間欠ルートでは、カオス的不変集合を潜在的に伴っていた周期アトラクターがサドルノード分岐で消滅し、ストレンジアトラクターが現れる{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=21}}{{Sfn|徳永|1990|p=105}}。周期アトラクター消滅後にも、カオス軌道の中で元の周期的な振る舞いが一定時間ごとに(間欠的に)起こる特徴を持ち、このような振る舞いを間欠性カオスという{{Sfn|徳永|1990|p=104}}{{Sfn|佐野|2001|pp=69–70}}。準周期崩壊ルートとは、準周期アトラクターが位相ロッキングと呼ばれる振動数比の有理数化(すなわち周期アトラクター化)を経てカオスに至る道筋である{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=21}}{{Sfn|徳永|1990|pp=100–104}}。最終的なカオスへの遷移自体は、上記の周期倍カスケードや間欠カオスによって起こる{{Sfn|佐野|2001|pp=70–71}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=21}}。
<gallery caption="レスラー方程式の分岐。図は{{Mvar|xy}}-平面へ射影した軌道を示し、パラメータは {{Math|''a'' {{=}} 0.1}} と {{Math|''b'' {{=}} 0.1}} は固定で、{{Mvar|c}} を変化させたときのアトラクターを示す。" mode="nolines" widths=250px heights=300px>▼
特に周期倍分岐ルートは最も有名なカオス発生の道筋で、多数の低次元系で周期倍カスケードの例が見つかってきた{{Sfn|井上・秦|1999|p=97}}{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012c|p=110}}。周期倍分岐ルートは上述の[[ローレンツ方程式]]や[[エノン写像]]でも起き{{Sfn|ベルゲジェ・ポモウ・ビダル|1992|pp=290–291}}{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012c|pp=113–114}}、他には[[レスラー方程式]]
:<math>\dot{x} = -y - z </math>
:<math>\dot{y} = x +a y </math>
:<math>\dot{z} = b - cz + xz </math>
で起こるものなどが知られる{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012b|pp=190–193}}{{Sfn|佐野|2001|p=67}}。
▲<gallery caption="レスラー方程式のアトラクターの分岐{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012b|p=193}}。図は{{Mvar|xy}}-平面へ射影した軌道を示し、パラメータは {{Math|''a'' {{=}} 0.1}} と {{Math|''b'' {{=}} 0.1}}
File:RosslerC4.svg | ''c'' = 4.0(1周期アトラクター)
File:RosslerC6.svg | ''c'' = 6.0(2周期アトラクター)
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|title = L'ordre dans le chaos: vers une approche déterministe de la turbulence
|publisher = Hermann
}}▼
*{{Cite book ja-jp ▼
|author = 松葉 育雄 ▼
|title = 力学系カオス ▼
|url = https://www.morikita.co.jp/books/book/599 ▼
|publisher = 森北出版 ▼
|edition = 第1版 ▼
|year = 2011 ▼
|isbn = 978-4-627-15451-3 ▼
|ref = {{Sfnref|松葉|2011}}▼
}}▼
*{{Cite book ja-jp ▼
|author = Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney▼
|translator = 桐木 紳・三波 篤朗・谷川 清隆・辻井 正人▼
|title = 力学系入門 原著第2版 ―微分方程式からカオスまで▼
|url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320018471▼
|publisher = 共立出版▼
|edition = 初版▼
|year = 2007▼
|isbn = 978-4-320-01847-1▼
|ref = {{Sfnref|Hirsch, Smale & Devaney|2007}}▼
}}▼
*:[原著]{{Cite book▼
|author = Morris Hirsch; Stephen Smale; Robert Devaney▼
|year = 2004▼
|title = Differential Equations, Dynamical Systems & An Introduction to Chaos▼
|edition = Second▼
|publisher = Elsevier▼
}}
*{{Cite book ja-jp
446 ⟶ 427行目:
|year = 1987
|title = Chaos: Making A New Science
▲}}
▲*{{Cite book ja-jp
▲|author = Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney
▲|translator = 桐木 紳・三波 篤朗・谷川 清隆・辻井 正人
▲|title = 力学系入門 原著第2版 ―微分方程式からカオスまで
▲|url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320018471
▲|publisher = 共立出版
▲|edition = 初版
▲|year = 2007
▲|isbn = 978-4-320-01847-1
▲|ref = {{Sfnref|Hirsch, Smale & Devaney|2007}}
▲}}
▲*:[原著]{{Cite book
▲|author = Morris Hirsch; Stephen Smale; Robert Devaney
▲|year = 2004
▲|title = Differential Equations, Dynamical Systems & An Introduction to Chaos
▲|edition = Second
▲|publisher = Elsevier
}}
*{{Cite book ja-jp
467 ⟶ 466行目:
|isbn = 978-4-320-11000-7
|ref = {{Sfnref|郡・森田|2011}}
}}
*{{Cite book ja-jp
597 ⟶ 586行目:
|isbn= 978-4-00-730742-3
|ref= {{Sfnref|久保・矢野|2018}}
▲}}
▲*{{Cite book ja-jp
▲|author = 松葉 育雄
▲|title = 力学系カオス
▲|url = https://www.morikita.co.jp/books/book/599
▲|publisher = 森北出版
▲|edition = 第1版
▲|year = 2011
▲|isbn = 978-4-627-15451-3
▲|ref = {{Sfnref|松葉|2011}}
}}
*{{Cite book ja-jp
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