「アトラクター」の版間の差分

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数学的には、いくつかの仮定のもとで、この時系列データから時間遅れ座標系への変換が[[埋め込み (数学)|埋め込み]]であることは、[[ターケンスの埋め込み定理]]およびそれを拡張させた定理によって保証されている<ref name="池口・合原"/>{{Sfn|合原(編)|2000|p=13}}。ここで埋め込みとは、[[可微分多様体|滑らかな多様体]] {{Mvar|M}} と[[滑らかな関数|滑らかな写像]] {{Math|''F'': ''M'' &rarr; '''R'''<sup>''n''</sup>}} が与えられたとき、{{Math|''F'': ''M'' &rarr; ''F''(''M'')}} が[[微分同相写像]]で、かつ全ての {{Math|''p'' &isin; ''M''}} において[[写像の微分|微分]] {{Math|''dF''(''p''): ''T<sub>p</sub>M'' &rarr; T<sub>''F''(''p'')</sub>)'''R'''<sup>''n''</sup>}} が[[単射|1対1]]であることを指す{{Sfn|合原(編)|2000|pp=17&ndash;18, 81}}。ただし、時系列解析分野では、この変換を使った手法自体を埋め込みと呼んだりもする{{Sfn|佐野|2001|p=94}}{{Sfn|井上・秦|1999|p=75}}。変換が埋め込みであることによって元のアトラクターのフラクタル次元が保存され、リアプノフ指数の推定も可能となる{{Sfn|合原(編)|2000|p=28}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|pp=47, 65}}。ターケンスの埋め込み定理は、[[ホイットニーの埋め込み定理]]を力学系の観測問題用に1変数時系列から時間遅れ座標系への変換を扱う形にフロリス・ターケンスが拡張したもので<ref name="池口・合原"/>、ターケンスの埋め込み定理以降、時系列データからの再構成に関する研究が一気に進展した{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012c|p=164}}。ターケンスの埋め込み定理では、元となるアトラクターが写像 {{Mvar|f}} のもとで不変でかつ整数次元 {{Mvar|d}} のコンパクト多様体に対して、埋め込み次元が {{Math|''m'' > 2''d''}} を満たせば成立する{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012c|p=164}}。ターケンスの後にティム・サウアーらによって、[[ボックスカウント次元]] {{Mvar|d<sub>B</sub>}} を持ったコンパクト部分集合についても、いくつかの追加条件付きだが {{Math|''m'' > 2''d<sub>B</sub>''}} で同種の定理が成り立つことが証明されている{{Sfn|合原(編)|2000|pp=23&ndash;24}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=46}}。
 
[[File:Reconstruction of Lorenz attractor by time delayed coordinates.png|thumb|260px|ローレンツアトラクターを {{Mvar|x}} 時系列から再構成した例。埋め込み次元 {{Math|''m'' {{=}} 3}}、時間遅れ {{Math|''&tau;'' {{=}} 0.05}} の場合。]]
アトラクターの再構成を行う上でまず問題となるのは、埋め込み次元 {{Mvar|m}} と時間遅れ {{Mvar|&tau;}} をどう決めるのかである{{Sfn|Strogatz|2015|pp=480&ndash;481}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|pp=40, 49}}。埋め込み次元については、定理上は {{Math|''m'' > 2''d''}} であれば埋め込みであることが保証されるが、これは[[十分条件]]であり、{{Mvar|m}} がこれ以下でも埋め込みとなることはあり得る{{Sfn|合原(編)|2000|p=75}}。埋め込み次元が小さいと、再構成された曲線で摂動でも消えない自己交差が起き、1対1とならない{{Sfn|アリグッド・サウアー・ヨーク|2012c|pp=160&ndash;161}}。しかし、埋め込み次元を大きく取り過ぎると、計算コストの問題や予測への悪影響が出てくる<ref name="鈴木"/>。そのため、先にアトラクターの次元を推定する<ref name="鈴木">{{Cite journal ja-jp |author = 鈴木 秀幸 |year = 1998 |title = Takensの埋め込み定理 |journal = 日本ファジィ学会誌 |volume = 10 |issue = 4 |publisher = 日本知能情報ファジィ学会 |doi = 10.3156/jfuzzy.10.4_82 |pages = 664&ndash;665 }}</ref>。カオス時系列の解析において標準的に利用されている手法は、ボックスカウント次元の代わりに[[相関次元]]を使うもので、{{仮リンク|ピーター・グラスバーガー|en|Peter Grassberger}}と{{仮リンク|イタマー・プロカッチャ|en|Itamar Procaccia}}が導入した[[GPアルゴリズム]]で比較的容易に相関次元を計算できる{{Sfn|合原(編)|2000|p=132}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|pp=55&ndash;56}}。埋め込み次元を増やしながら再構成したアトラクターの相関次元を計算し、相関次元の増加が頭打ちになったとき、このときの相関次元値をアトラクターの次元とし、このときの埋め込み次元を最適な {{Mvar|m}} 値とする{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=55}}。他には、アトラクター次元推定を行わずに、埋め込み次元が不足していることで生じる自己交差が解消される {{Mvar|m}} 値を設定された指標を使って推定する手法もある{{Sfn|合原(編)|2000|pp=75&ndash;80}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|pp=59&ndash;64}}。
 
一方の時間遅れ {{Mvar|&tau;}} については、埋め込み定理上では任意でよく、値の設定に制限がない{{Sfn|合原(編)|2000|p=66}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|p=49}}。しかし実際には {{Mvar|&tau;}} が小さ過ぎると、変換後のデータの相関が高く成り過ぎて、再構成されたアトラクターの形状は細長くつぶれてしまう{{Sfn|合原(編)|2000|p=67}}{{Sfnref|佐野|2001|p=95}}{{Sfn|伊東|1993|p=70}}。あるいは {{Mvar|&tau;}} が大き過ぎると、特にストレンジアトラクターでは軌道不安定性によって相関がほとんど無相関となり、再構成されたアトラクターは雑音のような煩雑な形になる{{Sfn|合原(編)|2000|p=67}}{{Sfn|伊東|1993|p=70}}。一つの方法は、アトラクターの平均的な周期の 1/2 から 1/10 の値に設定する方法がある{{Sfn|Strogatz|2015|p=481}}。もう一つの方法は、時間遅れの値を増やしながら時系列データの[[自己相関関数]]を計算し、自己相関関数が最初の極小値あるいは 0 とみなせる値になったときの時間遅れを最適な {{Mvar|&tau;}} の値とする方法がある{{Sfn|合原(編)|2000|p=72}}{{Sfn|松本・徳永・宮野・徳田|2002|pp=50&ndash;51}}。ただし、時間遅れの最適値の決定法については、これらも含めて様々な手法が提案されているが現在のところ優劣の結論は出ていない{{Sfn|合原(編)|2000|pp=68&ndash;69}}。
 
==出典==