「荒砥城 (出羽国)」の版間の差分

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{{Otheruseslist|[[山形県]][[西置賜郡]][[白鷹町]]にあった荒砥城|[[長野県]][[千曲市]]にあった荒砥城|荒砥城}}
 
{{日本の城郭概要表
|name = 荒砥城
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|remains = 曲輪、井戸
|cultural asset =白鷹町指定[[史跡]]<ref name=shirataka>[https://www.town.shirataka.lg.jp/1271.htm 「文化財一覧」]白鷹町公式HP</ref>
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'''荒砥城'''(あらとじょう)は、[[出羽国]][[置賜郡]]にあたる在の[[山形県]][[西置賜郡]][[白鷹町]]荒砥に存在した[[日本の城]]([[平山城]])。[[城跡]]は1989年(平成元年)4月5日付で白鷹町指定[[史跡]]に指定されている<ref name=shirataka/>
 
== 概要 ==
八乙女城山(標高212m)212メートル)の山頂から山腹にかけて築かれた荒川氏の居城である。戦国時代には伊達氏の支配下にあり、最上領と隣接する「境目の城」として重要視された。江戸時代には[[米沢藩]]五支城<ref>[[館山城 (出羽国)|館山城]]・[[鮎貝城]]・[[小国城 (出羽国置賜郡)|小国城]]・[[中山城 (出羽国)|中山城]]・'''荒砥城'''(館山城を除く4城はのちに「役屋」に改称)。幕末の加増により[[高畠城]]が追加。</ref>の一に数えられて重臣が城主(のち役屋将)を務め、八乙女周辺を統治した。
 
== 遺構・復元施設 ==
[[Category:山形県の城]]
[[Category:白鷹町]]
[[Category:山形県内の市町村指定史跡]]