「安珍・清姫伝説」の版間の差分

再構成: →‎あらすじ: のあらすじを濃縮、「ニッポニカ」「三省堂百科」「佛教布教大系」に近い部分だけ残し、『道成寺縁起』や絵解き台本由来の部分は →‎道成寺縁起: に移動する. →‎史跡: 蛇塚+
(再構成: →‎あらすじ: のあらすじを濃縮、「ニッポニカ」「三省堂百科」「佛教布教大系」に近い部分だけ残し、『道成寺縁起』や絵解き台本由来の部分は →‎道成寺縁起: に移動する. →‎史跡: 蛇塚+)
 
== 概説 ==
[[ファイル:Dojo-ji Engi Emaki.jpg|thumb|240px|伝[[土佐光重]]([[土佐派]])画『道成寺縁起』<ref name=kanagawa_u/>。蛇身となった清姫が鐘の中の安珍を焼き殺そうとする様子を描いたもの。]]
[[ファイル:Chikanobu The Boatman.jpg|thumb|300px|「竹のひと節 日高川」 <!--安珍清姫・日高川の段。-->[[義太夫節]]『日高川』の場面を描く。[[楊洲周延]]画。]]
安珍・清姫伝説は、主人公らの悲恋と情念をテーマとした、[[紀伊国]]([[和歌山県]])道成寺ゆかりの伝説である<ref name=nipponica/>。
 
<!--百科事典で紹介されるあたりの-->伝説のあらましは<ref name=nipponica/><ref name=sanseido/><ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>、おおむね次のようなものである。
 
<!--=== 安珍・清姫のなれそめ ===-->
[[醍醐天皇]]の御代、[[延長 (日本)|延長]]6年([[928年]])夏の頃{{Refn|この具体的な時代設定は室町期「道成寺縁起」絵巻以降にみえるが{{sfnp|浜下|1998|pp=131-132}}、道成寺の絵解き台本のうち昭和四年作成「千年祭本」では「今より一千年の昔し人皇六拾代醍醐天皇御代」という文句になっている<ref>{{harvp|林|1981|p=44}}; {{harvp|林|1984|p=28}}</ref>。}}<ref name=sanseido/>{{sfnp|志村|2007b|p=148}}。[[陸奥国|奥州]]白河(現[[福島県]][[白河市]])より安珍という僧([[山伏]])が熊野に参詣に来た{{Refn|group="注"|千年祭本では"見目うるはしき山伏の安珍"({{harvp|林|1981|p=44}})}}。この僧は大変な美形であった。[[紀伊国]][[牟婁郡]](現在の和歌山県[[田辺市]][[中辺路]]、[[熊野街道]]沿い)[[熊野八庄司|真砂(まなご、まさご)の庄司]]清治/清次<!--ref name=sanseido/-->の娘、清姫{{Refn|group="注"|年齢は文献に拠って13歳, 16歳など様々。『'''、宿を借りた安珍清姫略物語'''』(を見て一目惚れし、女だてらに[[文政|文政夜這い]]年間の刊行)で「わらはもはや今年十三歳に及べり」とあをかけて迫が{{sfnp|三田村|1911|p=286}}{{sfnp|徳田|1997|p=210}}、徳田の解説によれば"現行の絵解きで。安珍清姫年齢身ゆえは触れないが当惑し二種の絵解き台本必ず帰りには「此立ち寄ると口約束だけをしてそ姫十三の時、又僧の参られま去っ」(『道成寺縁起絵とき手文』)、「清治と申す人の姫で、時に年拾三歳で御座まし」 (千年祭本『道成寺縁起絵とき』)"<ref name=tokuda>{{harvp|徳田|1986|p=200}}; {{harvp|徳田|1997|p=209}}<nipponica/ref>。酒井家旧蔵本『賢学草子』等では「姫君十六になり侍るに」とあり{{sfnp|河原木|鷹谷|張|明道|2015|p=59}}、その写本である『道成寺絵詞』でも当然16歳である{{sfnp|三田村|1911|p=283}}。"[[常磐津]]"だと清姫は「十六七な、白歯の振袖の女の娘」{{sfnp|三田村|1911|p=272}}
}}、宿を借りた安珍を見て一目惚れし、女だてらに[[夜這い]]をかけて迫る。安珍は僧の身ゆえに当惑し、必ず帰りには立ち寄ると口約束だけをしてそのまま去っていった<ref name=nipponica/>。
 
<!--=== 清姫の怒りと追跡 ===-->欺かれたと知った清姫は怒って追跡をはじめるが<ref name=nipponica/><ref name=sanseido/>、安珍は神仏([[熊野権現]]・[[観音]])を念じて逃げのびる<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>{{Refn|group="注"|実際は、どの場面でどの神仏に祈るかは稿本によってさまざまである。}}。安珍は[[日高川]]を渡るが、清姫も河川に身を投じて追いかける大場面となる<ref>{{harvp|千野|1981}}: "日高川に纏わる諸段のなかでも特に印象深い場面を挙げれば、女が思いを定めて日高川へ身を投げる、あの場面(図 3 )であろう"。</ref><!--ニッポニカ百科事典でも触れるのが日高川越しの追跡。-->{{efn2|「日高河」の場面は、月岡芳年、[[村上華岳]]等により画題にされている。}}。<!--=== 道成寺の鐘・最期 ===-->蛇体となりかわり日高川を泳ぎ渡った清姫は、[[日高郡 (和歌山県)|日高郡]]の<ref name=sanseido/>道成寺に逃げ込んだ安珍に迫る<ref name=nipponica/>。梵鐘を下ろしてもらいその中に逃げ込む安珍。しかし清姫は許さず鐘に巻き付く。因果応報、哀れ安珍は鐘の中で焼き殺されてしまうのであった<ref name=nipponica/>。安珍を滅ぼした後、本望を遂げた清姫はもとの方へ帰っていき、道成寺と八幡山の間の入江のあるあたりで[[入水]]自殺したといわれる<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>{{sfnp|林|1984|p=24}}{{Refn|group="注"|『道成寺縁起』では蛇となった姫が「本の方へ帰りぬ」としか記さないが<ref name=dojojiengi-text/>、絵解き台本では"本望をとげましたによつて当山と八幡山との橋の下へ入て果てました"{{sfnp|林|1984|p=24}}、"西の入江のあの橋の上より海中深く沈んで"等とする{{sfnp|小峰|1985|p=23}}。『佛教布教大系』や『日本百科大辭典』にも記載があるがただし、"<!--[[九十九王子 (御坊市)#九海士王子|海士]]の家.. 当山[道成寺]と隣巌八幡山との間は入江であつた-->..蛇は本望を遂げたる故にもとの方へ帰り当山と八幡山との間に身を隠した"という文言になっている<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/><ref name=sanseido1908/>。}}。
=== 清姫の怒りと追跡 ===
欺かれたと知った清姫は怒って追跡をはじめるが<ref name=nipponica/><ref name=sanseido/>、安珍は神仏([[熊野権現]]・[[観音]])を念じて逃げのびる<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>{{Refn|group="注"|実際は、どの場面でどの神仏に祈るかは稿本によってさまざまである。}}。
 
<!--=== 成仏 ===-->[[畜生|畜生道]]に落ち蛇に[[転生]]した二人はその後、道成寺の[[住持]]のもとに現れて供養を頼む。住持の唱える[[法華経]]の功徳により二人は成仏し、天人の姿で住持の夢に現れた。実はこの二人はそれぞれ熊野権現と[[観音菩薩|観世音菩薩]]の化身であったのである<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>、と法華経)の有り難さを讃えて終わる{{sfnp|出岡|2014|p=9}}{{Refn|group="注"|現代の絵解きでは、執念にとらわれることの戒めのたとえと諭して終えている{{sfnp|出岡|2014|p=12}}}}。
==== 切目川より ====
{{wide image|Dojoji engi emaki - p2.png|1200px|道成寺縁起絵巻(部分)より。清姫は逃げる安珍を追いかけるうちに、身体が龍蛇に変貌してゆく。}}
; (切目王子~上野~塩屋){{Refn|group="注"|{{harvp|千野|1981}}: "切目川、上野、塩屋、と南から少しずつ北上し、道成寺のある小松原に下り、そして日高川に行きあたる、という構成をとっていたと思われる"。}}
{{wide image|Dojoji engi emaki - p4.png|1100px|道成寺縁起絵巻(部分)より。全身が龍蛇となった清姫は鐘に巻き付き、安珍を焼き殺す。そして彼の変わり果てた姿を見て悲嘆する僧たち。}}
<!--典拠とした百科事典の類では(日高川場面にくるまで)触れないような細部であるが-->当寺では地元の地名をいくつもからめてこの道中が伝えられる。姫は切目川を渡り<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}:" 脛(はぎ)もあらわに、裾からげなき川にとび入って"との描写が千年祭本にある。室町絵巻本では「切目川」の地名が台詞にでる程度</ref>、[[切目王子|切目五体王子]]の神社の先(北西)の[[名田村|上野]]という場所で追いつき{{Refn|group="注"|"野田村上野と申す所にてたづね求むる/安珍に追付きまし"と昭和の千年祭本にみえるが{{harvp|林|1981|p=46}}、すでに室町期の絵巻にも"こゝは上野といふ所"と書き添えられている<ref name=dojojiengi-text/>。じっさいに該当する地名は「野田村」でなく旧・[[名田村]]大字上野(現今の[[御坊市]]名田町上野)<ref name=kineya/>。絵解き台本には"当寺より道二里程下上野と云う處"と語るものもある{{sfnp|林|1984|p=21}}}}、あのときの御房(僧)でないかと声をかける。しかし記憶にない、人違いだ<!--人たがへ-->と否認したため、姫は激昂して火煙(火炎<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/>)を吹きはじめ<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}; {{harvp|林|1984|p=30}}</ref>{{Refn|group="注"|この上野の場面:千年祭本では清姫"遂に口より火煙を吹"いたゆえだが<ref name=hayashi-fire>{{harvp|林|1981|pp=46-47}}; {{harvp|林|1984|p=31}}</ref>、室町時代絵巻では女房は単に恐ろしい形相になっているゆえに<ref name=dojojiengi-text/>、安珍/無名僧は神仏([[金剛杵|金剛童子]]と観世音)を唱える<ref name=dojojiengi-text/>。}}、安珍は恐怖をなして念仏(「南無{{仮リンク|金剛童子|en|Vajrakilaya|preserve=1}}」、次いで「南無観世音」<ref name=hayashi-fire/>等)を唱える{{Refn|上野の場面:絵解き(千年祭本)や室町絵巻本では、既述したように金剛童子と観世音だが<ref name=hayashi-fire/><ref name=dojojiengi-text/>、略縁起系では熊野権現・観音である<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/>。}}。その甲斐あって([[塩屋村 (和歌山県)|塩屋]]に<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/><ref name=yoshida-dainihon_chimei_jisho/>)逃れるが<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>、見失ったことに怒りをつのらせた清姫が、ここで(首から上が<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/>)蛇と化する<ref name=hayashi-shioya>{{harvp|林|1981|p=47}}; {{harvp|林|1984|p=31}}</ref>{{efn2|塩屋の場面:蛇を目にしたと安珍/無名僧が言いつつ大悲権現(これも観音菩薩の異称)への念仏を、"蛇となれるを見つつ、声も惜しまず"わめく、と絵解き(千年祭本)にも室町絵巻本にもある<ref name=hayashi-shioya/><ref name=dojojiengi-text/>}}。
 
==== 日高川 ====
安珍は[[日高川]]で[[渡し船]]に頼みこみ渡ってしまい<ref>{{harvp|林|1981|p=47}}; {{harvp|林|1984|p=32}}: 舟渡しは「ちけし」という名で[[御坊市#岩内|岩内}}の者と千年祭本記述(同じく室町絵巻本にも"「ちけし」と申て「いわうち」にありける")。</ref>、清姫がやってきて河川に身を投じて追いかける大場面となる<ref>{{harvp|千野|1981}}: "日高川に纏わる諸段のなかでも特に印象深い場面を挙げれば、女が思いを定めて日高川へ身を投げる、あの場面(図 3 )であろう"。</ref><!--ニッポニカ百科事典でも触れるのが日高川越しの追跡。-->{{efn2|「日高河」の場面は、月岡芳年、[[村上華岳]]等により画題にされている。}}。
 
以上のあらましは、大筋では室町時代の『道成寺縁起』の粗筋{{sfnp|出岡|2014|pp=2–3}}<ref name=dojojiengi-text/>と合致するが、ただし『縁起』には安珍・清姫の名が登場しない{{sfnp|出岡|2014|pp=2–3}}<ref name=dojojiengi-text/>。道成寺で行われる[[絵解き]]の台本『道成寺縁起絵とき手文』(仮綴。原本は江戸時代末){{efn2|『道成寺縁起絵とき手文』と題する昭和51年付の写本が、じっさいの研究では対象となる。}}が<ref>{{harvp|林|1984|pp=18–30, 96}}</ref>、『縁起』絵巻に沿った構造で、原文も盛り込み、かつ安珍・清姫の物語となっている<ref name=tokuda1983/>。
現代の絵解き(千年祭本)だとここで熊野権現への祈り{{Refn|group="注"|室町絵巻ではここでで熊野権現を念じていないが<ref name=dojojiengi-text/>、三所権現(熊野権現)に助けを乞う記述は酒井家旧蔵本「賢学草子絵巻(日高川草紙絵巻)」にみえる{{sfnp|河原木|鷹谷|張|明道|2015|p=61}}{{sfnp|千野|1981}}。}}が通じて、清姫がいわば不動[[金縛り]]になった隙に逃げ出す、という脚色があるかわりに<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}: "熊野権現を念じました。功力に依りまして清姫にはたちまち、眼くらみ、足立たず、息も苦しく詮方なく、路傍の石に腰を下して休みました。その虚に乗じて安珍には一目散に逃げて参ります"。</ref>{{Refn|小峰:"『縁起絵巻』とは異る"部分<ref name=komine/>。}}、脱衣するという表現をさけて「かような姿になった」と絵を指し示す演出になっているが<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}: "遂にかやうな姿となりまする。/ (ト次ノ場ヲ開ク)"</ref>、もとは清姫が衣服を川辺に脱ぎ捨てて全身もろとも毒蛇となり、日高川を渡る場面となっている<ref>『道成寺縁起絵とき手文』。"身にかけたる衣をこゝえぬいで捨て参りまして大毒蛇となり.. 日高川え飛び入り" ({{harvp|林|1984|p=22}})。</ref>{{Refn|group="注"|日高川渡りの場面は、平安時代の説話には無く、室町期の「道成寺縁起」絵巻に盛り込まれたと考察されている。この絵巻では最初追いついたとき頭と上半身が蛇となり、日高川を渡ろうと全身蛇と化した、と解釈される{{sfnp|浜下|1998|p=132}}。}}
 
同寺の絵解きでは、ビジュアル的には『道成寺縁起』の摸本を使うものの{{sfnp|出岡|2014|p=2}}、語りの台詞の資料としては安珍・清姫の名のある(古めかしい言葉遣いの)台本を使いつつ{{sfnp|出岡|2014|p=4}}、全く台本通りではなく現代語に直しながら語られる{{sfnp|出岡|2014|p=5}}。より詳しい内容等は後述する。
=== 道成寺の鐘・最期 ===
 
蛇体で日高川を泳ぎ渡った清姫は、道成寺に逃げ込んだ安珍に迫る<ref name=nipponica/>。梵鐘を下ろしてもらいその中に逃げ込む安珍。しかし清姫は許さず鐘に巻き付く。因果応報、哀れ安珍は鐘の中で焼き殺されてしまうのであった<ref name=nipponica/>。安珍を滅ぼした後、清姫は蛇の姿のまま[[入水]]する。
 
=== 成仏 ===
[[畜生|畜生道]]に落ち蛇に[[転生]]した二人はその後、道成寺の[[住持]]のもとに現れて供養を頼む。住持の唱える[[法華経]]の功徳により二人は成仏し、天人の姿で住持の夢に現れた。実はこの二人はそれぞれ熊野権現と[[観音菩薩|観世音菩薩]]の化身であったのである<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>、と法華経)の有り難さを讃えて終わる{{sfnp|出岡|2014|p=9}}{{Refn|group="注"|現代の絵解きでは、執念にとらわれることの戒めのたとえと諭して終えている{{sfnp|出岡|2014|p=12}}}}。
 
{{wide image|Dojoji engi emaki - p2.png|1200px|「道成寺縁起」絵巻(部分)より。清姫は逃げる安珍を追いかけるうちに、身体が龍蛇に変貌してゆく。}}
{{wide image|Dojoji engi emaki - p4.png|1100px|「道成寺縁起」絵巻(部分)より。全身が龍蛇となった清姫は鐘に巻き付き、安珍を焼き殺す。そして彼の変わり果てた姿を見て悲嘆する僧たち。}}
 
== 伝承の経緯 ==
 
=== 道成寺縁起 ===
[[ファイル:Dojo-ji Engi Emaki.jpg|thumb|240px|伝[[土佐光重]]([[土佐派]])画『道成寺縁起』<ref name=kanagawa_u/>。蛇身となった清姫が鐘の中の安珍を焼き殺そうとする様子を描いたもの。]]
原型(平安時代の説話)から、やがて道成寺の[[寺社縁起|縁起]]物(室町時代から江戸時代)に発展した<ref name=ozaki/>。江戸期の写本や摸本を数多く道成寺では所蔵する<ref name=wakayama-museum-tokubetsuten-list/>。
 
なかでもとりわけ有名な稿本は、道成寺蔵『道成寺縁起』(絵巻、2巻2軸、重文)であるが{{Refn|group="注"|解説者によって様々に呼ばれているので名称にぶれがあるが、国の重要文化財としての登録題名は「紙本著色道成寺縁起」二巻である<ref name=oohashi2021/>。}}<ref name=oohashi2021/>、これは寺伝では[[応永]]十年([[1403年]])
[[後小松天皇]]の[[宸筆]]により書きしたためられたもので絵は伝・[[土佐光重]]筆だが、現代の検証では16世紀前半ないし15世紀後半の成立と推察される<ref name=oohashi2017/><ref name=kanagawa_u/>。
 
時代設定は、[[醍醐天皇]]の御代、[[延長 (日本)|延長]]6年([[928年]])夏の頃とある{{Refn|この具体的な時代設定は室町期「道成寺縁起」絵巻以降にみえるが{{sfnp|浜下|1998|pp=131-132}}、道成寺の絵解き台本のうち昭和四年作成「千年祭本」では「今より一千年の昔し人皇六拾代醍醐天皇御代」という文句になっている<ref>{{harvp|林|1981|p=44}}; {{harvp|林|1984|p=28}}</ref>。}}<ref name=sanseido/>{{sfnp|志村|2007b|p=148}}。
 
『道成寺縁起』では、主人公の女は{{読み仮名|真砂|まさご/まなご}}の清次の「{{読み仮名|{{linktext|娵}}|よめ}}」と書かれているが、これは清次の「妻」のことだとも{{sfnp|小峰|1985|p=20|ps=<!--女は清次庄司の妻とされる-->}}「子供の妻」である嫁(義理の娘)だとも解釈されて<ref name=tanabe/>{{sfnp|Waters|1997|p=75|ps=: "daughter-in-law"}}、見解が分かれているようである<ref name=misumi/>{{Refn|group="注"|「娵」の正しい読みは、「よめ」であるが、道成寺では「むすめ」と訓じて来た経歴がある<ref name=tanaka_i1929/>。原文にはその家の女房(仕える女)ともみえる{{sfnp|浜下|1998|p=131}}。}}{{Refn|group="注"|三田村鳶魚の、これは『紀伊国名所図会』<ref name=kiinokunimeishozue/>にある梗概についての考察であるが、清次の「嫁」について、息子の妻としているのはあきらかで、おそらく亭主のいない寡婦なのだろうと説く{{sfnp|三田村|1911|p=283}}。}}。
 
清姫の名の初出は[[並木宗輔]]作の[[浄瑠璃]]『道成寺現在蛇鱗』([[寛保]]2/[[1742年]]初演)とされる{{sfnp|林|2005|p=113}}。浄瑠璃『道成寺現在蛇鱗』([[宝暦]]9/[[1759年]])にも清姫の名はみえる{{sfnp|三田村|1911|p=183}}。なお、清姫の名は、その父親の名とされる庄司の清次からとられていると目される{{sfnp|黒沢|1972|p=249|ps=<!--: "清姫とはおそらく『道成寺縁起』の荘司清次にヒントを得て作られた名前であろう。"-->}}{{sfnp|三田村|1911|p=283}}{{Refn|group="注"|父親の名が清次だという根拠は不詳だが、一説では道成寺の能の原作者とも目される[[観阿弥]](秦清次)と符合する、との[[三田村鳶魚]]の考察がある{{sfnp|三田村|1911|p=283}}。(観阿弥(1384年没)について、三田村は、結城治部秦清次の死没を応永十三年(1406年)五月十五日との記載を是とし、道成寺の能の原作者と断定する{{sfnp|三田村|1911|p=176}}。よって「まなごの庄司」という名を登場させたのは秦清次が初めてである{{sfnp|三田村|1911|p=280}}(すなわち「道成寺縁起」絵巻より前)と説いている。ただ、観阿弥ではなく後の世代([[世阿弥]]、[[観世小次郎信光]])の作であると諸説あるので<ref name=kurosawa/>、そうなると時代がずれて三田村の考察も狂ってくる。}}。
 
清姫の年齢は文献に拠って13歳, 16歳など様々である。"現行の絵解きでは清姫の年齢には触れないが、二種の絵解き台本には「此の姫十三の時、又僧の参られまして」(『道成寺縁起絵とき手文』)、「清治と申す人の姫で、時に年拾三歳で御座いました」 (千年祭本『道成寺縁起絵とき』)"とみえる<ref name=tokuda>{{harvp|徳田|1986|p=200}}; {{harvp|徳田|1997|p=209}}</ref>。『'''安珍清姫略物語'''』([[文政|文政]]年間の刊行)でも「わらはもはや今年十三歳に及べり」{{sfnp|三田村|1911|p=286}}{{sfnp|徳田|1997|p=210}}。また、酒井家旧蔵本『賢学草子』等では「姫君十六になり侍るに」とあり{{sfnp|河原木|鷹谷|張|明道|2015|p=59}}、その写本である『道成寺絵詞』でも当然16歳である{{sfnp|三田村|1911|p=283}}。"[[常磐津]]"だと清姫は「十六七な、白歯の振袖の女の娘」{{sfnp|三田村|1911|p=272}}。
 
草紙では系統に関わらず蛇は"本の所に去"りゆくだけなのに、台本系統では道成寺と八幡山の入江の橋の下に沈んで果てることになっている{{sfnp|小峰|1985|p=23}}<!--これも系統の如何を問わず、蛇は本の所に去るだけなのに反し、台本は「西の入江のあの橋の上より海中深く沈んで..」--> 。そしてその入江はのちに陸地となり、"田の中にありまする蛇塚(へびつか<ref name=kishu-no-densetsu/>/じゃつか<ref name=kiinokuni-meisho-zue-jatsuka>『紀伊国名所図会.』後編(五之巻)[https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563503/41 其の二 蛇塚(じゃつか)の图(ず)]</ref>)"がその標榜だと伝える{{sfnp|小峰|1985|p=23}}。
 
=== 伝承内容の相違 ===
『今昔物語集』では、あえて「若き」寡婦とされ、また部屋に籠って死んだ後に「五尋ばかりの大蛇」に変身している{{sfnp|浜下|1998|p=130}}。
 
==== 釣鐘ゆかり顛末地名の記述 ====
『道成寺縁起』絵巻や、絵解きでは現地の地名がことこまかに説明されることが知られる<ref name=takatsu/>{{sfnp|Waters|1997|p=69}}。
 
以下、縁起や絵解きで説明される、僧/安珍と蛇姫/清姫の道成寺までの道のりのゆかりの地名を絵巻や台本に沿って説明する。
 
==== 切目川より ====
; (切目王子~上野~塩屋){{Refn|group="注"|{{harvp|千野|1981}}: "切目川、上野、塩屋、と南から少しずつ北上し、道成寺のある小松原に下り、そして日高川に行きあたる、という構成をとっていたと思われる"。}}
<!--典拠とした百科事典の類では(日高川場面にくるまで)触れないような細部であるが-->当寺では地元の地名をいくつもからめてこの道中が伝えられる。姫は切目川を渡り<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}:" 脛(はぎ)もあらわに、裾からげなき川にとび入って"との描写が千年祭本にある。室町絵巻本では「切目川」の地名が台詞にでる程度</ref>、[[切目王子|切目五体王子]]の神社の先(北西)の[[名田村|上野]]という場所で追いつき{{Refn|group="注"|"野田村上野と申す所にてたづね求むる/安珍に追付きまし"と昭和の千年祭本にみえるが{{harvp|林|1981|p=46}}、すでに室町期の絵巻にも"こゝは上野といふ所"と書き添えられている<ref name=dojojiengi-text/>。じっさいに該当する地名は「野田村」でなく旧・[[名田村]]大字上野(現今の[[御坊市]]名田町上野)<ref name=kineya/>。絵解き台本には"当寺より道二里程下上野と云う處"と語るものもある{{sfnp|林|1984|p=21}}}}、あのときの御房(僧)でないかと声をかける。しかし記憶にない、人違いだ<!--人たがへ-->と否認したため、姫は激昂して火煙(火炎<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/>)を吹きはじめ<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}; {{harvp|林|1984|p=30}}</ref>{{Refn|group="注"|この上野の場面:千年祭本では清姫"遂に口より火煙を吹"いたゆえだが<ref name=hayashi-fire>{{harvp|林|1981|pp=46-47}}; {{harvp|林|1984|p=31}}</ref>、室町時代絵巻では女房は単に恐ろしい形相になっているゆえに<ref name=dojojiengi-text/>、安珍/無名僧は神仏([[金剛杵|金剛童子]]と観世音)を唱える<ref name=dojojiengi-text/>。}}、安珍は恐怖をなして念仏(「南無{{仮リンク|金剛童子|en|Vajrakilaya|preserve=1}}」、次いで「南無観世音」<ref name=hayashi-fire/>等)を唱える{{Refn|上野の場面:絵解き(千年祭本)や室町絵巻本では、既述したように金剛童子と観世音だが<ref name=hayashi-fire/><ref name=dojojiengi-text/>、略縁起系では熊野権現・観音である<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/>。}}。その甲斐あって([[塩屋村 (和歌山県)|塩屋]]に<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/><ref name=yoshida-dainihon_chimei_jisho/>)逃れるが<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>、見失ったことに怒りをつのらせた清姫が、ここで(首から上が<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi/>)蛇と化する<ref name=hayashi-shioya>{{harvp|林|1981|p=47}}; {{harvp|林|1984|p=31}}</ref>{{efn2|塩屋の場面:蛇を目にしたと安珍/無名僧が言いつつ大悲権現(これも観音菩薩の異称)への念仏を、"蛇となれるを見つつ、声も惜しまず"わめく、と絵解き(千年祭本)にも室町絵巻本にもある<ref name=hayashi-shioya/><ref name=dojojiengi-text/>}}。
 
==== 日高川 ====
[[ファイル:Chikanobu The Boatman.jpg|thumb|300px|「竹のひと節 日高川」 <!--安珍清姫・日高川の段。-->[[義太夫節]]『日高川』の場面を描く。[[楊洲周延]]画。]]
 
安珍は[[日高川]]で[[渡し船]]に頼みこみ渡ってしまうが<ref>{{harvp|林|1981|p=47}}; {{harvp|林|1984|p=32}}: 舟渡しは「ちけし」という名で[[御坊市#岩内|岩内}}の者と千年祭本記述(同じく室町絵巻本にも"「ちけし」と申て「いわうち」にありける")。</ref>、現代の絵解き(千年祭本)だとここで熊野権現への祈り{{Refn|group="注"|室町絵巻ではここでで熊野権現を念じていないが<ref name=dojojiengi-text/>、三所権現(熊野権現)に助けを乞う記述は酒井家旧蔵本「賢学草子絵巻(日高川草紙絵巻)」にみえる{{sfnp|河原木|鷹谷|張|明道|2015|p=61}}{{sfnp|千野|1981}}。}}が通じて、清姫がいわば不動[[金縛り]]になった隙に逃げ出す、という脚色があるかわりに<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}: "熊野権現を念じました。功力に依りまして清姫にはたちまち、眼くらみ、足立たず、息も苦しく詮方なく、路傍の石に腰を下して休みました。その虚に乗じて安珍には一目散に逃げて参ります"。</ref>{{Refn|小峰:"『縁起絵巻』とは異る"部分<ref name=komine/>。}}、脱衣するという表現をさけて「かような姿になった」と絵を指し示す演出になっているが<ref>{{harvp|林|1981|p=46}}: "遂にかやうな姿となりまする。/ (ト次ノ場ヲ開ク)"</ref>、もとは清姫が衣服を川辺に脱ぎ捨てて全身もろとも毒蛇となり、日高川を渡る場面となっている<ref>『道成寺縁起絵とき手文』。"身にかけたる衣をこゝえぬいで捨て参りまして大毒蛇となり.. 日高川え飛び入り" ({{harvp|林|1984|p=22}})。</ref>{{Refn|group="注"|日高川渡りの場面は、平安時代の説話には無く、室町期の「道成寺縁起」絵巻に盛り込まれたと考察されている。この絵巻では最初追いついたとき頭と上半身が蛇となり、日高川を渡ろうと全身蛇と化した、と解釈される{{sfnp|浜下|1998|p=132}}。}}
 
=== 釣鐘の顛末 ===
[[ファイル:SekienDojoji-no-kane.jpg|right|thumb|180px|[[鳥山石燕]]『[[今昔百鬼拾遺]]』より「道成寺鐘」]]
[[鳥山石燕]]の妖怪画集『[[今昔百鬼拾遺]]』にも「道成寺鐘」と題し、かつて道成寺にあった件の鐘が、石燕の時代には妙満寺に納められていることが述べられている<ref name="kyoutoyoukai"/>。
[[ファイル:Dojoji Gobo Wakayama03n4272.jpg|thumb|180px|[[道成寺]]の安珍塚]]
伝説の舞台となる[[道成寺]]には安珍塚がある。
清姫の生誕地とされる真砂は現在の[[熊野古道]]の[[中辺路]]付近にあたるが、ここには清姫の墓と伝えられる石塔があるほか<ref name="mikuma">{{Cite web|date=2003-2-23|url=http://www.mikumano.net/meguri/kiyohime.html|title=熊野の観光名所 清姫の墓|website=[http://www.mikumano.net/ み熊野ねっと]|accessdate=2008-12-14}}</ref>、清姫渕、衣掛松、清姫のぞき橋、鏡岩など、伝説にまつわる史跡が数多く残されている<ref name="kiyohimenosato">{{Cite web|url=http://www.aikis.or.jp/~nakahech/sightseeing/kiyohime/index.html|title=清姫の里|website=[http://www.aikis.or.jp/~nakahech/top.htm 歴史街道 和歌山県中辺路町]|publisher=[[中辺路]]観光協会|accessdate=2008-12-14}}</ref>。
 
「上野というところ」の北西、旧・名田村大字{{読み仮名|野島|のしま}}(現今の御坊市名田町野島)に清姫が履物を脱いだと史跡と称する草履塚があり、近くには袈裟掛松も生えていた<ref>{{harvp|丸山|1984|p=25}}。『紀伊日高民話伝説集』に拠る。</ref><ref name=yoshida-dainihon_chimei_jisho/>。
 
また、清姫が入水して果てたのは道成寺と八幡山のあいだの入江であるという地元伝承があり絵解きなどで伝えているが、その入江のあった陸地にある清姫の「{{読み仮名|蛇塚|じゃつか/へびつか}}」"がその名残と伝わる<ref name=kiinokuni-meisho-zue-jatsuka/><ref name=kishu-no-densetsu/>{{sfnp|小峰|1985|p=23}}{{Refn|group="注"|この場所には別の伝説も結びついており、『'''鐘巻道成寺縁起'''』(文政6年/1823年印行)によれば、道成寺と八幡宮の間の入江のほとりに九人の海士(あま)が住んでおり、海中から像を回収し、願いをかなえてもらったという{{sfnp|三田村|1911|p=285}}。すなわち[[九十九王子 (御坊市)#九海士王子|九海士王子]]の海士の伝説を伝えている<ref name=bukkyo_fukyo_taikei/>。}}。これとは別に清姫の墓と伝えられる石塔が、清姫の生誕地とされる真砂(現在の[[熊野古道]]の[[中辺路]]付近)にある<ref name=kishu-no-densetsu/><ref name="mikuma">{{Cite web|date=2003-2-23|url=http://www.mikumano.net/meguri/kiyohime.html|title=熊野の観光名所 清姫の墓 |website=[http://www.mikumano.net/ み熊野ねっと] |accessdate=2008-12-14}}</ref>、
また熊野古道[[潮見峠越え]]にある[[田辺市]]指定天然記念物の大木・捻木ノ杉は、清姫が安珍の逃走を見て口惜しんで身をよじった際、一緒にねじれてしまい、そのまま大木に成長したものといわれる<ref>{{Cite book|和書|author=宮本幸枝|others=[[村上健司]]監修|title=津々浦々「お化け」生息マップ - 雪女は東京出身? 九州の河童はちょいワル? -|date=2005-8|publisher=[[技術評論社]]|series=大人が楽しむ地図帳|volume=|isbn=978-4-7741-2451-3|page=45}}</ref><ref>{{Cite web|url=https://www.kumano-kodo.jp/spot/spot-794/|title=熊野古道 捻木ノ杉|website=[https://www.kumano-kodo.jp/ 熊野古道]|publisher=和歌山県観光連盟|accessdate=2021-9-9}}</ref>。
 
清姫の生誕地とされる真砂は現在の[[熊野古道]]の[[中辺路]]付近にあたるが、ここには清姫の墓と伝えられる石塔があるほか<ref name="mikuma">{{Cite web|date=2003-2-23|url=http://www.mikumano.net/meguri/kiyohime.html|title=熊野の観光名所 清姫の墓|website=[http://www.mikumano.net/ み熊野ねっと]|accessdate=2008-12-14}}</ref>、清姫渕、衣掛松、清姫のぞき橋、鏡岩など、伝説にまつわる史跡が数多く残されている<ref name="kiyohimenosato">{{Cite web|url=http://www.aikis.or.jp/~nakahech/sightseeing/kiyohime/index.html|title=清姫の里|website=[http://www.aikis.or.jp/~nakahech/top.htm 歴史街道 和歌山県中辺路町]|publisher=[[中辺路]]観光協会|accessdate=2008-12-14}}</ref>。
 
また熊野古道[[潮見峠越え]]にある[[田辺市]]指定天然記念物の大木・捻木ノ杉は、清姫が安珍の逃走を見て口惜しんで身をよじった際、一緒にねじれてしまい、そのまま大木に成長したものといわれる<ref>{{Cite book|和書|author=宮本幸枝|others=[[村上健司]]監修|title=津々浦々「お化け」生息マップ - 雪女は東京出身? 九州の河童はちょいワル? -|date=2005-8|publisher=[[技術評論社]]|series=大人が楽しむ地図帳|volume=|isbn=978-4-7741-2451-3|page=45}}</ref><ref>{{Cite web|url=https://www.kumano-kodo.jp/spot/spot-794/|title=熊野古道 捻木ノ杉|website=[https://www.kumano-kodo.jp/ 熊野古道]|publisher=和歌山県観光連盟|accessdate=2021-9-9}}</ref>。
 
妙満寺に納められた道成寺の鐘は、現在でも同寺に安置されており、寺の大僧正の供養により清姫の怨念が解けて美しい音色を放つようになったとされ<ref>{{Cite web|url=https://myomanji.jp/info/bell/index.html|title=安珍・清姫の鐘|website=[[妙満寺]]|accessdate=2021-9-9}}</ref>、霊宝として同寺に伝えられている。毎年春には清姫の霊を慰めるため、鐘供養が行われている。道成寺関連の作品を演じる芸能関係者が舞台安全の祈願に訪れていた時代もあり、芸道精進を祈願して寺を訪ねる芸能関係者も多い<ref name="kyoutoyoukai"/><ref name="myoumanji"/>。
 
<ref name=genko_shakusho>『元亨釈書』[https://books.google.com/books?id=Q8lZAAAAcAAJ&pg=PP249 巻十九]「[https://books.google.com/books?id=Q8lZAAAAcAAJ&pg=PP280 釋安珍]」の条、1624年木版。{{harvp|屋代|1908}}「道成寺考」『燕石十種』所収、453-454頁。</ref>
 
<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi>「紀州日高郡道成寺御建立畧縁起(りゃくえんぎ)」。{{harvp|志村|2007b|p=148}}に概要。</ref>
 
<ref name=hokke_genki>『本朝法華驗記』下「第百廿九 紀伊國牟婁郡惡女」(原文)。{{harvp|屋代|1908}}「道成寺考」『燕石十種』所収、450-451頁; {{citation|和書|chapter=本朝法華驗記 下 |editor-last=塙 |editor-first=保己一 |editor-link=塙保己一 |title= 続群書類従 8上(伝部)] |chapter-url=https://books.google.com/books?id=EbWhnETRhhgC&pg=PP205 |pages=199-200}}</ref>
 
<ref name=kiinokunimeishozue>{{citation|和書|last=加納 |first=諸平 |authorlink=加納諸平 |others=神野易興 |chapter=道成寺の条 |title=紀伊國名所圖會 |publisher=平井五牸堂 |volume=後編(五之巻) |date=|chapter-url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2563503/39 |pages=}}</ref>
 
<ref name=kishu-no-densetsu>{{citation|和書|last1=中村 |first1=浩 |author1-link=中村浩 (国文学者) |last2=松原 |first2=右樹 |author2-link=松原右樹 |chapter=安珍清姫 |title=紀州の伝説 |publisher=角川書店 |series=日本の伝説 39 |date=1979 |url=https://books.google.com/books?id=wVIhAQAAMAAJ&q=へびつか |pages=70–71}}</ref>
 
<ref name=kobayashi>{{citation|和書|last=小林 |first=健二 |authorlink=小林健二 (国文学者) |title=物語の視界50選(その一)その限りない魅力を探る 賢学草子 |journal=国文学 : 解釈と鑑賞 |volume=46 |number=11<!--通巻597 物語の視界--古典に躍る創意の群れ--> |date=1981-11 |url=https://books.google.com/books?id=j38RAQAAMAAJ |pages=74-75 }}</ref>
<ref name=nipponica> {{citation|和書|last=松井 |first=俊諭 |authorlink=松井俊諭 |title=安珍清姫 |work=日本大百科全書(ニッポニカ) |publisher=小学館 |date=1994 |url=https://kotobank.jp/word/%E5%AE%89%E7%8F%8D%E6%B8%85%E5%A7%AB-429511}}@コトバンク</ref>
 
<ref name=nishino>{{citation|和書|last=西野 |first=春雄 |author=author-link=西野春雄 |title=<随想>《鐘巻》を復曲して |journal=日本文學誌要 |ISSN=0287-7872 |publisher=法政大学国文学会 |year=<!--dec -->1992 |issue=46 |url=https://doi.org/10.15002/00019657 |pages=105-108 |naid=110000208466 |doi=10.15002/00019657 }}</ref>
 
<ref name=oohashi2017>{{Cite journalCitation|和書|authorlast=大橋 |first=直義 |author-link=<!--大橋直義--> |title=道成寺文書概観――特に「縁起」をめぐる資料について―― |journal=国文研ニューズ |number=49 |date=Autumn 2017<!--October 2017--> |pages=4-5<!--1-16--> |url=http://id.nii.ac.jp/1283/00003372/ |publisher=人間文化研究機構国文学研究資料館 |issn=1883-1931}}</ref>
 
<ref name=oohashi2021>{{citation|和書|last=大橋 |first=直義 |authorlink=<!--大橋直義 Oohashi Naoyoshi--> |title=『道成寺縁起』書名―覚書 |journal=きのみなと<!-- : 紀州研 News Letter--> |volume=<!--通巻-->8 |number=|date=Spring 2021 |url=https://researchmap.jp/naoyoshi_oohashi/misc/32462561/attachment_file.pdf |page=3}}</ref>
<ref name=ozaki>{{citation|和書|last=尾崎 |first=秀樹 |authorlink=尾崎秀樹 |title=さむらい誕生: 時代小説の英雄たち |publisher=講談社 |date=1965 |url=https://books.google.com/books?id=rlywlhCLbgcC&q清姫 |page=9}}</ref>
 
<ref name=sanseido> {{citation|和書|last= |first= |authorlink= |title=安珍清姫 |work=図解現代百科辞典 |volume=第壹 |publisher=三省堂 |volume=第壹 |date=1994 |url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1869770/72 |page=128}}</ref>
<ref name=hidakagun_dojoji_gokonryu_ryakuengi>「紀州日高郡道成寺御建立畧縁起(りゃくえんぎ)」。{{harvp|志村|2007b|p=148}}に概要。</ref>
<ref name=sanseido1908>{{citation|和書|last= |first= |authorlink= |title=日本百科大辭典<!--Nihon hyakka daijiten--> |volume=6 |publisher=三省堂 |date=1908 |url=https://books.google.com/books?hl=ja&id=5EU4AQAAMAAJ&dq=清姫 |page=}}</ref>
 
<ref name=sanseido> {{citation|和書|last= |first= |authorlink= |title=安珍清姫 |work=図解現代百科辞典 |publisher=三省堂 |volume=第壹 |date=1994 |url=https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1869770/72 |page=128}}</ref>
 
<ref name=shimura>{{citation|和書|last=志村 |first=有弘 |authorlink=志村有弘|title=異形の伝説: 伝承文学考 |publisher=国書刊行会 |date=1989 |url=https://books.google.com/books?id=-5T70lppZzEC&q=道成寺 |pages=14-15 }}</ref>
 
<ref name=takatsu>{{citation|和書|last=鷹巣 |first=純 |author-link=<!--鷹巣純 教授 Takasu Jun--> |title=寺社縁起と絵解き |journal=国文学 : 解釈と鑑賞 |volume=63 |issue=12 |date=<!--Jan-->1998 |url=https://books.google.com/books?id=yd2GAAAAIAAJ&q=道成寺+地名 |page=19<!--16-23-->}}</ref>
 
<ref name=tanabe>{{citation|和書|last=田邉 |first=秀雄 |authorlink=田辺秀雄 |chapter=長唄「京鹿子娘道成寺」綱館の段 杵屋六佐衛門、杵屋六一朗 |title=日本の音 声の音楽 |volume=2 |publisher=音楽之友社 |date=1988 |url=https://books.google.com/books?id=j-IwAAAAMAAJ&q=清次庄司 |pages=<!--unpaginated-->|series=邦楽百科入門シリーズカセットブックⅡ}}</ref>
 
<ref name=tanaka_i1929>{{citation|和書|last=田中 |first=一松 |authorlink=田中一松<!--Tanaka, Ichimatsu--> |chapter=道成寺緣起 |title=日本繪卷物集成 |publisher=雄山閣 |date=1929 |url=https://books.google.com/books?id=jfrQAAAAMAAJ&q=道成寺縁起 |pages=39ff }}; [https://books.google.com/books?id=7TdX04hMxbUC&q= 『田中一松絵画史論集』(上)]所収。</ref>
 
<ref name=tokuda1983>{{citation|和書|last=徳田 |first=和夫 |authorlink=徳田和夫 |title=絵解き台本集 |publisher=三弥井書店 |date=1983 |url=https://books.google.com/books?id=KydOAAAAMAAJ&q=絵とき手文 |page=110}}</ref>
 
<ref name=wakayama-museum-tokubetsuten-list>{{citation|和書|author=和歌山県立博物館 |authorlink=和歌山県立博物館 |title=特別展「道成寺と日高川 ―道成寺縁起と流域の宗教文化―」出陳資料リスト |date=2017/10/12 |url=https://www.hakubutu.wakayama-c.ed.jp/dojoji/list.pdf}}</ref>
 
*{{citation|和書|last=徳田 |first=和夫 |authorlink=徳田和夫 |title=絵解きと物語享受 |journal=文學 |volume=54 |number=12<!--中央と地方<特集>--> |date=1986<!--December 1986--> |page=191-204 |url=https://books.google.com/books?id=D6EMAAAAIAAJ&q=清姫+十三歳 |publisher=岩波書店}}
* {{citation|和書|last=徳田 |first=和夫 |authorlink=徳田和夫 |author-mask=2 |title=絵解きの仕組み (第五章 『道成寺縁起絵巻』の絵解き?作品の創作)|work=岩波講座日本文学史 |volume=16 |publisher= |date=1997-01 |url=https://books.google.com/books?hl=ja&id=VqgPAAAAYAAJ&q=道成寺 |pages=202-214<!--pp. 191-214-->}}
 
* {{Cite journal|和書|author=浜下昌宏 |title=「道成寺」の<女>-変容の美学 |journal=女性学評論 |ISSN=09136630 |publisher=神戸女学院大学 |year=1998 |month=mar |volume=12 |pages=127-148 |naid=110000505168 |doi=10.18878/00002190 |url=https://doi.org/10.18878/00002190}}
 
* {{citation|和書|last=丸山 |first=顕徳 (和歌山担当) |authorlink=丸山顕徳 |chapter=2. 安珍清姫 (和歌山) |title=日本伝説大系 第9巻 南近畿編 : 三重・奈良・大阪・和歌山 |publisher=みずうみ書房 |date=1984<!--.12--> |url=https://books.google.com/books?id=-5T70lppZzEC&q=道成寺 |pages=24?30 |isbn=4-8380-1409-0<!--, 9784838014095-->}}
 
* {{citation|和書|editor1-last=馬淵 |editor1-first=和夫 |editor1-link=馬淵和夫 |editor2-last=国東 |editor2-first=文麿 |editor2-link=国東文麿 |editor3-last=稲垣 |editor3-first=泰一 |editor3-link=<!--稲垣泰一-->|editor-mask=<!--馬淵和夫; 国東文麿-->稲垣泰一 (校訂・訳) |chapter=道成寺の僧、法華経を写して蛇を救うこと(巻一四ノ三) |title=今昔物語集 |series=日本の古典をよむ 12 |publisher=小学館 |date=2008<!--2008-08--> |url=https://books.google.com/books?id=iX4RAQAAMAAJ&q=道成寺 |pages=38–49}}
 
* {{citation|和書|last=林 |first=雅彦 |authorlink=林雅彦 |title=〈翻刻〉絵とき台本「道成寺縁起絵とき(千年祭本)」 |journal=明治大學教養論集 |number=146<!--通号;日本文学特集--> |date=1981 |url=https://books.google.com/books?id=t_ZAAQAAIAAJ&q=道成寺 |pages=41-52}}
* {{citation|和書|last=林 |first=雅彦 |authorlink=林雅彦 |author-mask=2 |title=増補日本の絵解き: 資料と研究 |publisher=三弥井書店|date=1984 |url=https://books.google.com/books?id=KZgSAQAAMAAJ&q=道成寺 |pages=24?3018–30}}
* {{citation|和書|last=林 |first=雅彦 |authorlink=林雅彦 |author-mask=2 |title=「道成寺縁起絵巻」に見る女の情欲 |journal=国文学 : 解釈と鑑賞 |volume=70 |number=3<!--特集=中世文学に描かれた性 ; 中世文学(後期)に描かれた性--> |date=2005-03 |url=https://books.google.com/books?id=dHYRAQAAMAAJ |pages=108-122 }}
* {{citation|和書|last=林 |first=雅彦 |authorlink=林雅彦 |author-mask=2 |title=〈翻刻〉紀伊國日髙郡吉田村 鐘巻道成寺縁起(かねまきとうしやうじゑんぎ) 安鎭(あんちん) 清姫(きよひめ)畧物語(りやくものかたり) |journal=明治大学教養論集 |volume=<!--通--> |number=551 |date=2020-12 |url=https://hdl.handle.net/10291/21526 <!--https://hdl.handle.net/10291/21526/1/kyouyoronshu_551_203.pdf--> |pages=203-210}}