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Kossie89 (会話 | 投稿記録)
m 「無事に日本武尊軍を無事に導いたので」で「無事に」が2回入ってるので片方を取りました。
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[[大和国]](現在の[[奈良県]])にある[[飛鳥]]の真神原の老狼は、大勢の人間を食べてきたため、その獰猛さから神格化された<ref>[[大和国風土記]]の[[逸文]](『[[枕詞燭明抄]](中)』)に記述され、「大口の真神原」という地名説話として語られ、[[飛鳥大仏]]辺りの古称で『[[万葉集]]』にも見られる。『風土記 [[日本古典文学大系]]2』 [[岩波書店]] 14刷1971年(1刷1958年) p.421の脚注。</ref>。『[[万葉集]]』巻八には「大口の まかみの原に ふる雪は いたくなふりそ 家もあらなくに」([[舎人娘子]])と記され、少なくとも(大和国風土記の逸文と合わせ)8世紀からみられる。この「大口の真神原」には後に[[飛鳥衣縫樹葉|飛鳥衣縫造祖樹葉]](あすかきぬぬいのみやつこ の おや このは)の邸宅があったとされ、[[用明天皇]]の代に[[蘇我馬子]]が寺の建立を発願、[[崇峻天皇]]の代に館を廃し[[法興寺]](後の[[飛鳥寺]])の造営が始まったとされる。
 
現在も[[埼玉県]][[秩父地方]]の神社を中心に、狼が描かれた[[神札]](お札)が頒布され、信仰を集めている<ref>[http://www9.plala.or.jp/sinsi/07sinsi/fukuda/ohkami/ohkami-07.html お札になったオオカミ]</ref>。このすぐ南の[[御岳山 (東京都)|武蔵御岳山]]上の[[武蔵御嶽神社]]には『日本書紀』の記述に基づく「おいぬ様」(または「お犬さま」)の伝説があり、[[ヤマトタケル#東征|日本武尊]]の東征の折、邪神が大鹿の姿で現れたのを[[ノビル|野蒜]]で退治したが、その時に大山鳴動して霧に巻かれて道に迷ったのを、そこに忽然と白い[[狼]]が表れて道案内をして、無事に日本武尊軍を無事に導いたので、尊は「大口真神としてそこに留まるように。」といったという。大口真神は[[江戸時代]]の[[天保]]年間ころより盗難除け・魔物除けとしての信仰が盛んになり、本殿のおいぬ様の[[狛犬]]はブロンズ製(1807年の作)で、本殿前の像は[[北村西望]]の作(1985年奉納)である。<ref>[http://musashimitakejinja.jp/yuisho/oinusama/ 山に棲むオオカミへ、畏敬の念(武蔵御嶽神社)]</ref>
 
== 脚注 ==