「小坂洋二」の版間の差分
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[[兵庫県]][[神戸市]]出身。
[[早稲田大学第一文学部]]卒業<ref name="epic">[[集英社]]刊「EPICソニーとその時代」[[スージー鈴木]]著p.210より。</ref>。
[[渡辺プロダクション]]在籍時代は、[[布施明]]・[[大塚博堂]]のマネージャーを務め、大塚作品の歌詞を「'''るい'''」名義で数多く手掛けた。▼
▲1970年から[[渡辺プロダクション]]在籍
1978年、[[エピック・ソニー]]設立時にレーベルプロデューサーとしてスカウトされ移籍。▼
▲1978年、[[エピック・ソニー]]設立時にレーベルプロデューサーとしてスカウトされ移籍<ref name="epic"/>。
1979年春に当時サラリーマンをしていた[[佐野元春]]の才能をいちはやく見抜き、翌1980年にデビューさせた。
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その後も、[[大江千里 (アーティスト)|大江千里]]、[[TM NETWORK]]、[[渡辺美里]]、[[岡村靖幸]]などを手掛け、同じエピック・ソニーのプロデューサー目黒育郎と共に1980~90年代におけるエピック・ソニーの黄金時代を築いた。
[[2000年]]、エピック・ソニー退社。同年5月、株式会社Palm Beach代表取締役社長に就任<ref name="epic"/>。[[Rie fu]]、[[サンタラ]]、[[ジン (バンド)|ジン]]、[[紗希]]などを手がける。
2008年に音楽業界から引退する<ref name="epic"/>。
== 手掛けたアーティスト ==
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* 下村誠『路上のイノセンス』([[宝島社|JICC出版局]]、1986年)
: [[佐野元春]]の伝記。エピック前後の小坂についてまとまった記述がある。
== 出典 ==
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== 外部リンク ==
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