「ヴォルフガング・シュッセル」の版間の差分
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[[ウィーン大学]]で法学を学ぶ。
[[極右]]の[[オーストリア自由党]]と[[連立政権|連立]]を組んで、それまで長く続いてきた[[オーストリア社会民主党]]・国民党の[[大連立]]政権を解消、右派政権を誕生させた。発足当初は極右を政権参加させたことから、当時[[社会民主主義]]政党の政権が多かった他の欧州各国の猛反発を受け、制裁を科された。しかしそれらの猛反発をしのぎ、政権を維持した。2006年の連邦議会選挙ではオーストリア社会民主党に第一党の座を奪回され、責任を取る形で首相・党首を辞任した。オーストリアは社民党・国民党という左右の大連立政権に戻っている。
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