狄 玉輝(てき ぎょくき、1114年 - ?)は、北宋欽宗の側妃。正五品の才人に封じられた。

経歴編集

靖康の変軍が北帰を開始する直前の1127年に、満年齢13歳ないし14歳だった[1]。これは、欽宗の后妃・才人・夫人の中の最年少だった。

開封陥落後、狄才人は金軍の俘虜となり、凌辱を受けて妊娠した。金へと連行された狄才人はその後も拘束されていたが、妊娠していることを考慮されたためか、才人鄭慶雲とともに、五国城にいた欽宗のもとへと返された。1129年4月と1132年10月に、狄才人は欽宗の女児を生んでいる。

典拠史料編集

  • 『靖康稗史箋證』

脚注編集

  1. ^ 『靖康稗史箋證』巻三「開封府状箋證」狄才人十五歳、名玉輝。