田口 連三(たぐち れんぞう、1906年2月3日 - 1990年3月14日)は、日本実業家石川島播磨重工業社長や、同社会長、日本機械工業連合会会長、日本・トルコ協会会長などを歴任した。

人物・経歴編集

山形県出身。1929年米沢高等工業学校(現山形大学工学部機械科卒業、石川島造船所入社。1950年取締役に昇格。1964年社長。1970年日本機械工業連合会会長。1972年会長。1973年日本産業広告協会会長。1979年相談役。1980年日本・トルコ協会会長[1][2][3]日本銀行参与なども務めた[4]

脚注編集

  1. ^ [1] 日本・トルコ協会
  2. ^ 沿革年表日本BtoB広告協会
  3. ^ 小林哲「田口連三--日本機械工業連合会会長(人間連関図-8-)」『ウイル』第2巻第1号、中央公論社、1983年1月、 96-100頁、 ISSN 02867877NAID 40004418711
  4. ^ 「田口 連三(読み)タグチ レンゾウ」コトバンク
先代
土光敏夫
石川島播磨重工業社長
1964年 - 1972年
次代
真藤恒
先代
安川第五郎
日本産業広告協会会長
1973年 - 1990年
次代
大和田国男
先代
倉田主税
日本機械工業連合会会長
1970年 - 1990年
次代
吉山博吉
先代
大屋晋三
日本・トルコ協会会長
1980年 - 1990年
次代
米倉功