相沢 朮(あいざわ おけら、文政8年(1825年) - 明治37年(1904年)5月28日)は、幕末から明治時代の医師、歌人。本姓は石川[1]。号は雪廼舎、雪渓[1]。
越後国に生まれる[1]。歌人・相沢扇子の夫[1]であり、弘化4年(1847年)に相沢家の養子となった[2]。成田宗信に医学を、井上文雄や加藤千浪らに歌を学ぶ[1]。嘉永6年(1853年)三河西尾藩侍医となった[1]。著作に『脚気治験録』・『東京名所鑑』、歌集に『雪廼舎集』などがある[1]。