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睿真皇后(えいしんこうごう、生没年不詳)は、代宗の側室で徳宗の生母。姓は沈氏

呉興の人。玄宗の時代の開元末年(741年)に皇太子(後の粛宗)の東宮に入り、広平王李豫(後の代宗)に嫁いで李适(後の徳宗)を産んだ。安史の乱が起こると洛陽の宮中で反乱軍に捕らえられた。李豫が洛陽を奪回した時に取り戻されたが、情勢不安定のため長安には行けず洛陽に留め置かれた。反乱軍の史思明が再び洛陽を占領すると沈氏は行方不明になった。代宗が立ち李适が皇太子となると沈氏の行方を捜索したが見つからなかった。息子の徳宗の代の建中元年(780年)、生死不明のまま皇太后の尊号を受けた。

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