立花 統春(たちばな むねはる、永禄7年(1564年) - 天正18年(1590年))は、戦国時代武将豊後国大名大友氏、その重臣戸次氏の家臣。大友氏庶流の戸次氏の一族。父は戸次氏重臣の戸次親行

 
立花統春
時代 戦国時代
生誕 永禄7年(1564年
死没 天正18年(1590年
別名 通称:次郎兵衛
主君 戸次道雪立花宗茂
氏族 戸次氏立花氏
父母 父:戸次親行、母:養孝院
清田鑑信の娘
養子:統次
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生涯編集

2歳の時に父が亡くなり、叔父の立花道雪に引き取られる。大宰府の戦い高鳥居城の戦いで戦功を挙げ、鐘隈役職を与えられる。天正15年(1587年)、主君・立花宗茂筑後柳川13万石の領主となると、領内の高柳村50町を与えられる。天正18年(1590年)、加藤清正の罪人を匿ったとして自害する。

人物編集

射術に優れ、また「礼節を重んじる高義の人」と伝えられる。

参考文献編集

  • 『筑後人物便覧』(福岡県文化會館、筑後史談會、昭和10年刊の複製、1935年)
  • 『舊柳川藩志・下巻』(柳川山門三池教育會、渡辺村男、1957年:70頁)
  • 『角川日本地名大辞典 40 福岡県』(『角川日本地名大辞典』編纂委員会、1988年、589貢)

関連項目編集