脇坂安利 (飯田藩嫡子)

脇坂 安利(わきざか やすとし)は、江戸時代前期の信濃国飯田藩世嗣。

 
脇坂安利
時代 江戸時代前期
生誕 元和4年(1618年
死没 寛永13年2月4日1636年3月11日
改名 堀田正幸、正茂(初名)、脇坂安利
別名 左兵衛(通称
信濃飯田藩世嗣
氏族 堀田氏脇坂氏
父母 堀田正吉稲葉正成娘・まん
脇坂安元
兄弟 堀田正盛安利大草高正室、
花房職利室、勝境院、高井源左衛門室、
亀井経矩室、堀直上室、水谷勝俊正室
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略歴編集

元和4年(1618年)、旗本堀田正吉の次男として誕生。初名は正幸、正茂。

初代藩主・脇坂安元が初めに世嗣としていた実弟・安経寛永9年(1632年)に刃傷事件で殺害されたため、安元の養子に迎えられる。しかし、家督相続以前の寛永13年(1636年)に早世した。享年19。

代わって、安利の兄・堀田正盛の次男で安利の甥にあたる安政が新たに養子となり、家督を継いだ。

系譜編集