親知らず
親知らず・親不知(おやしらず)とは、ヒトの歯の一種。「智歯」「知恵歯」「第3大臼歯」、歯科用語では「8番」(前から8番目の歯)とも呼ばれる。おおむね10代後半から20代前半に生えてくる。すべての人が4本生えてくるわけではなく、上下左右の4本が揃わない場合もあるほか、おおむね4人に1人の割合でまったく生えてこない人もいる[1]。
語源編集
乳児の歯の生え始めとは違い、親がこの歯の生え始めを知ることはないため、親知らずという名が付いた[2]。
他方、『日本国語大辞典 第二版』(小学館) には、「親不知歯」として立項されており、「20~25歳ごろに生えるので、昔は親と死別していることが多いところから、この名がある」とある。「人生50年」といわれた昔は、自分の子どもの「親知らず」を見ずに亡くなる人が多かったのだろう[3]。
親知らずのことを英語では wisdom tooth という[4]が、これは物事の分別がつく年頃になってから生えてくる歯であることに由来する。
抜歯が必要な場合編集
現代の人間(特にアジア、アメリカ、ヨーロッパ系の人種など)は顎が小さく、親知らずが生えるための十分なスペースがないことが多い。このため、横向きに生えたり傾いて生えてきたりする場合がある。このような場合は歯ブラシが入りにくく、虫歯や歯肉炎になりやすい[5]。最悪の場合には親知らずから入り込んだ菌による炎症の影響が心臓付近まで到達し、死亡することがある[6]。
親知らずが問題を起こしている場合には、抜歯を勧められる。年齢が上がると顎骨と歯根が癒着してくることがあり、抜歯が困難になるので、若いうちの抜歯が勧められる[7]。
抜歯の難度は上顎より下顎が難しく(顎部〈特に下唇部〉の神経が近いため)、まっすぐ生えているものより横向きに生えているもののほうが難しい。最も困難なのは下顎で横向きに生えている歯であり、この場合には歯茎を切開して顎骨を少し削り、表面に出ている歯を割って取り出したのち、埋まっている歯を抜き取る。費用はレセプトの3割負担で5000〜6000円程度[8]。一般歯科では抜歯が難しく、総合病院の口腔外科での手術を勧められることが多い。また、下顎部に歯全体が隙間なく埋没しているケースも難易度が高いとされる。
なお、顎骨にほぼ埋まっている状態の親不知は埋伏智歯と称される。
局所麻酔は、下顎の奥歯にはなかなか効き難く、治療中に痛みが生じることがある[9]。この場合には、効果が表れるまで麻酔を足してゆく。
一度に複数本の抜歯(例えば、親不知4本を一度に抜歯する必要があるケースなど)が必要な場合には全身麻酔を行い、手術室で行うケースも多い(口腔外科外来では不可能であるため、入院が必要となる)。ただし、1本の抜歯であっても、患者が局所麻酔で抜歯するのに不安を訴えたり、埋まっている位置が極端に深いなどの理由で抜歯に時間がかかる場合には、患者との合意が得られれば入院したうえで全身麻酔を施し、手術室で行うケースもある。
親知らずの諸説編集
太古の昔、ヒトもかつては親知らずが正常に生えていた。大昔のヒトの食生活は、「煮る」、「焼く」などの調理技術が乏しく、木の実や生肉など硬いものをかじって食べる習慣が一般的であった。硬いものを噛み砕く力を得るために顎が大きく発達し、親知らずの生えるスペースができるため、正常に生え揃いやすい。しかし、時代を経ていくにつれ、柔らかく調理する技術や栄養状態の改善、西洋食の分化が進み、現代人の顎は小さく退化したとされる説がある。骨格の変化で顎が小さくなった結果、親知らずの生えるスペースが狭くなり、斜めや横など正常に生えない場合が増えているが、これはいわゆる人間の退化現象と考えられている[10]。
ホモ・エレクトスの時代からネアンデルタール人の時代までは、ほとんど欠如が見られず正常な親知らずであった。北京原人から親知らずのサイズ縮小傾向がある。親知らずが正常に生え揃う確率は、縄文人が8割、鎌倉時代から4割に下がり、21世紀の現代は3割とさらに低下傾向である[11][12]。
抜歯が不要な場合編集
親知らずが正常に生えており、上下の親知らずがきちんとかみ合って機能していれば抜く必要はない[2]。取り立てて不都合のない場合には、しっかりと根の付いた歯を余分に得たことになる。しかし、上下の歯がきちんと噛み合っていない場合や、斜めに生えている場合、痛みや病気がある場合には、親知らずを抜いたほうが良いことが多い。
問題のない歯であれば、入れ歯やブリッジの支台として有効に使える。手前の大臼歯を失った時に代用歯として移植が可能な場合もあるが、基本的に保険外診療となる。移植できるかどうかは、移植するほう・されるほうの形状による[5]。
抜歯後の症状編集
頬が腫れたり、発熱することがある。また、下の親知らずを抜く際に下歯槽神経を傷付けて唇や顎にしびれが出ることがまれにあるが、通常は1か月から半年ほどで元に戻る。術後の痛みや腫れの程度は抜いた箇所と生え方によって大きく変わり、痛みの感じ方にも個人差がある。最も軽く済むのは上顎にまっすぐ生えている場合で、最も痛みと腫れが残るのは下顎に横向きに生えている場合である[5]。親知らずの抜歯時に舌神経を損傷した場合には、味覚障害が生じる可能性がある。
脚注編集
- ^ 日本歯科大学附属病院 口腔外科 - ウェイバックマシン(2013年6月11日アーカイブ分)
- ^ a b 親知らずは時限爆弾! 日本赤十字社和歌山医療センター
- ^ 親知らずの未来は知れず NHK放送文化研究所
- ^ 研究社新英和中辞典
- ^ a b c 親知らずの抜歯[リンク切れ] 北上尾歯科
- ^ “親知らず放置で死亡例も……痛み・腫れは歯科へ”. All about (2019年3月4日). 2019年3月10日閲覧。
- ^ 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 顎・口腔再生外科学分野
- ^ 下顎埋伏智歯 抜歯の手順 立川病院 歯科口腔外科
- ^ 歯医者の麻酔が効きにくい場合とは? マイベストプロ茨城
- ^ 親知らずはなぜ生える? そしてなぜ抜くの?
- ^ 「親知らず」の欠如
- ^ 親知らずは大事な時に問題を起こすトラブルメーカー?!