谷畑 英吾(たにはた えいご、1966年昭和41年)9月11日[1] - )は、日本政治家彦根党政策アドバイザー、元滋賀県湖南市長(4期)、元甲西町長(1期)。

谷畑 英吾
たにはた えいご
生年月日 (1966-09-11) 1966年9月11日(57歳)
出身校 金沢大学法学部法学科卒業
京都大学大学院法学研究科修士課程修了
所属政党無所属→)
彦根党

当選回数 4回
在任期間 2004年11月7日 - 2020年11月6日

滋賀県甲西町
当選回数 1回
在任期間 2003年4月27日 - 2004年9月30日
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来歴 編集

甲西町立甲西中学校滋賀県立膳所高等学校卒業。1989年(平成元年)3月、金沢大学法学部法学科卒業。同年4月1日、滋賀県庁に採用され農林水産部農政課に配属される。1992年(平成4年)4月1日、総務部総務課に異動。滋賀県立大学開設準備室に席を置く[2]

1998年(平成10年)3月、京都大学大学院法学研究科修士課程修了。

2003年(平成15年)4月27日、甲西町長に就任。

2004年(平成16年)10月1日、甲西町と石部町は合併し湖南市が発足。これに伴って同年11月7日に行われた市長選挙に出馬し初当選[3]。2008年(平成20年)、無投票により再選。

2012年(平成24年)10月14日に行われた市長選では、自由民主党所属の元県議・生田邦夫[4]を僅差で破り3選(谷畑:10,769票、生田:9,894票)。投票率は49.98%。

2016年(平成28年)10月9日に告示された市長選で、無投票4選となった[5]

2018年(平成30年)6月6日から2019年(令和元年)6月12日まで、全国市長会副会長を務めた。

2020年(令和2年)7月、5選へ向け湖南市長選挙への立候補の意向を示したが、同年9月に立候補を撤回する意向を示した[6]

政策・人物 編集

  • 2020年(令和2年)2月27日、新型コロナウイルス対策として、安倍晋三首相が全国の公立小中学校、高校、特別支援学校に対し3月2日からの休校要請を行った。これに対し谷畑は2月28日、自身のフェイスブックに以下のように書き記した。谷畑の発言は瞬く間に拡散され、新聞各紙も記事に取り上げた[7][8]
まさしく、これは、合法的な憲法第8章違反であり、内閣総理大臣による地方自治への不当な介入であり、土足による蹂躙でもある。(中略)しかも、言うに事を欠いて、特別支援学校まで閉鎖しろという。現場を知って発言しているのだろうか。知らないのであればそれもひどいが、それよりも知っていて、小中高校のついでに加えたのであれば、国民一人ひとりに寄り添う気持ちが全くないと言える。鯛は頭から腐るという罵詈雑言を浴びせられて怒っていたようだが、怒ることもできない国民生活と国民経済は末端から腐っていくことだろう。 — 谷畑英吾Facebook, 2020年2月28日
【全国の首長に告ぐ】学校の臨時休業の権限者は設置者である。教員でもなければ学校長でもなく、いわんや教委でもない。市区町村長にあっては都道府県教委が容喙すれば自治法と地教行法違反だと知れ。 総理は責任を負わぬ。大切な事なのでもう一度言う。総理は責任を負わぬ。 — 谷畑英吾Facebook, 2020年2月28日
  • 同年5月19日、新型コロナウイルス対策の財源に充てるため、自身と副市長、教育長の6月期末手当を全額カットすると発表した[9]

脚注 編集

外部リンク 編集

公職
先代
新設
 滋賀県湖南市長
2004年 - 2020年
次代
生田邦夫
先代
関治夫
 
滋賀県甲西町長

2003年 -2004年
次代
湖南市に新設合併