赤川 霊巌(あかがわ れいがん、1853年嘉永6年1月[1][2])- 1925年大正14年)5月18日[2])は、明治時代の政治家浄土真宗本願寺派僧侶[2][3]衆議院議員(1期)。

経歴 編集

安芸広島藩高田郡、のちの可愛村(広島県高田郡吉田村、吉田町を経て現安芸高田市)出身[1]慶應義塾に学ぶ[2]。私財を投じて私立学校洗心館を設立し、館長兼講師となった[2]。のち還俗し、1890年(明治23年)7月の第1回衆議院議員総選挙では広島県第4区から出馬し当選[2]大成会に所属し衆議院議員を1期務めた[2]

脚注 編集

  1. ^ a b 木戸 1890, 581頁.
  2. ^ a b c d e f g 衆議院、参議院 編 1962, 9頁.
  3. ^ 木戸 1890, 580頁.

参考文献 編集