赤死病の仮面

エドガー・アラン・ポーの小説

赤死病の仮面』(せきしびょうのかめん、"The Masque of the Red Death")は、1842年に発表されたエドガー・アラン・ポーの短編小説。

赤死病の仮面
The Masque of the Red Death
ハリー・クラークによる挿絵、1919年
ハリー・クラークによる挿絵、1919年
作者 エドガー・アラン・ポー
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
ジャンル 短編小説恐怖小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出 『グレアムズ・マガジン』1842年5月号
『ブロードウェイ・ジャーナル』1845年7月号(改訂版)
日本語訳
訳者 幡谷正雄
ウィキポータル 文学 ポータル 書物
テンプレートを表示

国内に「赤死病」が蔓延する中、病を逃れて臣下とともに城砦に閉じこもり饗宴に耽る王に、不意に現れた謎めいた仮面の人物によって死がもたらされるまでを描いたゴシック風の恐怖小説である。『グレアムズ・マガジン』5月号に初出。「赤死病の仮面」は、城の中の様子などをはじめ、伝統的なゴシック小説の約束事が踏襲されている[1]

あらすじ

編集

ある国で「赤死病」という疫病が広まり、長い間人々を苦しめていた。ひとたびその病にかかると、眩暈が起こり、体中が痛み始め、発症から三十分も経たないうちに体中から血が溢れ出して死に至る。しかし国王プロスペローは、臣下の大半がこの病にかかって死ぬと、残った臣下や友人を引き連れて城砦の奥に立てこもり、疫病が入り込まないよう厳重に通路を封じてしまった。城外で病が猛威を振るうのをよそに、王は友人たちとともに饗宴にふけり、やがて5、6ヶ月もたつとそこで仮面舞踏会を開くことを思い立った。舞踏会の会場となる部屋は奇妙なつくりをしており、7つの部屋が続きの間として不規則につながり、またそれぞれの部屋はあるものは青、あるものは緑という風に壁一面が一色に塗られ、窓にはめ込まれたステンドグラスも同じ色をしていた。ただ最も奥にある黒い部屋だけは例外で、ここだけは壁の色と違いステンドグラスは赤く、その不気味な部屋にまで足を踏み入れようとするものはいなかった。

舞踏会は深夜まで続き、黒い部屋に据えられた黒檀の時計が12時を知らせると、人々はある奇妙な仮装をした人物が舞踏会に紛れ込んでいることに気がついた。その人物は全身に死装束をまとい、仮面は死後硬直を模した不気味なものであり、しかもあろうことか赤死病の症状を模して、仮面にも衣装にも赤い斑点がいくつも付けられていた。この仮装に怒り狂った王はこの謎の人物を追いたて、黒い部屋まで追い詰めると短剣を衝き立てようとするが、振り返ったその人物と対峙した途端、絨毯に倒れこみ死んでしまう。そして参会者たちが勇気を振起し、その人物の仮装を剥ぎ取ってみると、その下には何ら実体が存在していなかった。この瞬間、赤死病が場内に入り込んでいることが判明し、参会者たちは一人、また一人と赤死病にかかって倒れていった。

解題

編集
 
オーブリー・ビアズリーによる挿絵、1894年–1895年

架空の病である「赤死病」(The Red Death)は、その名前からして黒死病(The Black Death)を連想させるが、基本的には1832年のコレラ流行の際にフランスで開かれた舞踏会から着想を得ていると言われている[2](1831年にはポーの故郷のボルティモアでもコレラの流行があった)。加えて、ポーの義母フランセス・アラン、実兄のウィリアム・ヘンリー・レオナルド・ポー、そして妻ヴァージニアの命を奪った結核もこの病の様子に影響を与えていると考えられる[3]

「赤死病の仮面」は1842年に『グレアムズ・レディース・アンド・ジェントルマンズマガジン』5月号に掲載された。初出時のタイトルは「The Mask of the Red Death」であり、「ある幻想」という副題が付けられていた[4]。その後1845年の『ブロードウェイ・ジャーナル』7月号に改訂版が掲載されており、このときにタイトルの「Mask」が「Masque」に変更され、「仮面舞踏会」が強調される形となった[5]。作品の下敷きの一つは、主人公と同名の魔術師プロスペローが登場するシェイクスピアの仮面劇『テンペスト』であり、この作品には「赤い疫病」への言及もある[6]。おそらく物語は、アレクサンドル・プーシキンが1830年に書いた短編戯曲群『小悲劇』の中の1作品「ペスト蔓延下の宴」に影響を受けたとみられる[1]

一般的な解釈では、例えば7つの部屋はそれぞれ人の心が持つ様々な性質、あるいは「死」を表象する七つ目の部屋を受け入れるまでの段階を表しており、時計と血は死が不可避であることを示し、作品全体としては死から逃れようとする試みの空しさを表している、というように考えられる[7][8]。ただし、ポー自身が文学における教訓主義を嫌っていたことに従い、これを寓意的に解釈すべきでないという意見もある[9]

翻案・オマージュ

編集
  • ベルギーの画家ジャン・デルヴィルに「赤死病の仮面」(1890年頃制作)という作品がある。
  • 1919年、フランスの作曲家アンドレ・カプレはこの作品に基づくハープ弦楽四重奏のための「幻想的な物語 "Conte Fantatastique" 」を作曲している。
  • 1964年にロジャー・コーマン監督、ヴィンセント・プライス主演の映画『赤死病の仮面』が製作された。この映画は「赤死病の仮面」と、ポーの他の短編作品「飛び蛙」を組み合わせたものである。1989年にはコーマン製作でリメイクされており、エイドリアン・ポールがプロスペローを演じている[10]
  • 1965年、フレッド・セイバーヘーゲンは本作を下敷きにバーサーカーシリーズの短編、『赤方偏移の仮面』(原題:Masque of the Red Shift)を書いた。
  • 1968年のオムニバス映画『魂と死』では、ポーの他の作品「アモンティリヤドの酒樽」の要素を加えたうえでオーソン・ウェルズによって翻案され、ウェルズ自身がプロスペロー役で出演する予定であったが、この作品は実現しなかった。
  • メタルバンドストームウィッチの1985年のアルバム『テイルズ・オブ・テラー』にも同じくこの作品をもとにした歌「赤死病の仮面」がある。
  • ヘヴィ・メタルバンドクリムゾン・グローリーの1988年のアルバム『トランセンデンス』には、この作品をもとにした歌「赤死病の仮面」が収録されている。
  • メタルコアバンドスライスのアルバム『ザ・イリュージョン・オブ・セイフティ』にもこの作品に基づく作品がある。
  • チャック・パラニュークの小説「Haunted」は、元々純粋な短編集として執筆されていたものを、出版社から軸となる物語を要求され[要出典]、この作品に基づいた設定を付加したものである。
  • 黒澤明は、この作品をベースに、1977年ソ連で撮影するための映画シナリオ『黒き死の仮面』を井手雅人とともに執筆している。舞台は中世ロシアで、黒死病(ペスト)に変えられている。しかし撮影はされなかった。映画シナリオ『黒き死の仮面』は岩波書店から出版されている『全集 黒澤明』の第七巻に収録されており、読むことが出来る。
  • 2001年、芦辺拓は本作をモチーフとした短編ミステリ『赤死病の館の殺人』を書いた。
  • 江戸川乱歩は「黄金仮面」の後半部分にこの作品をもとにしたエピソードを取り入れている。
  • 映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」のデュランティ邸でのパーティーシーンで、主人公が別の記者からこの作品を「禁書になる前に読め」と言われる。

出典

編集

日本語訳は『ポオ全集III』(創元推理文庫、1974年)所収の松村達雄訳「赤死病の仮面」、および巽孝之訳『黒猫・アッシャー家の崩壊』(新潮文庫、2009年)所収の「赤き死の仮面」を参照した。

  1. ^ a b Fisher, Benjamin Franklin. "Poe and the Gothic tradition" as collected in The Cambridge Companion to Edgar Allan Poe, edited by Kevin J. Hayes. New York City: Cambridge University Press, 2002. ISBN 0521797276 p. 88
  2. ^ 巽孝之訳 『黒猫・アッシャー家の崩壊』、新潮文庫、2010年、195頁-196頁
  3. ^ Silverman, Kenneth. Edgar A. Poe: Mournful and Never-ending Remembrance. Harper Perennial, 1991. ISBN 0060923318 p. 180-1
  4. ^ Ostram, John Ward. "Poe's Literary Labors and Rewards" in Myths and Reality: The Mysterious Mr. Poe. Baltimore: The Edgar Allan Poe Society, 1987. p. 39
  5. ^ Edgar Allan Poe — "The Masque of the Red Death" at the Edgar Allan Poe Society online
  6. ^ 巽孝之訳 『黒猫・アッシャー家の崩壊』、新潮文庫、2010年、196頁
  7. ^ Fisher, Benjamin Franklin. "Poe and the Gothic tradition" as collected in The Cambridge Companion to Edgar Allan Poe, edited by Kevin J. Hayes. New York City: Cambridge University Press, 2002. ISBN 0521797276 p. 88
  8. ^ Roppolo, Joseph Patrick. "Meaning and 'The Masque of the Red Death'", collected in Poe: A Collection of Critical Essays, edited by Robert Regan. Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall, Inc., 1967. p. 137
  9. ^ Roppolo, Joseph Patrick. "Meaning and 'The Masque of the Red Death'", collected in Poe: A Collection of Critical Essays, edited by Robert Regan. Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall, Inc., 1967. p. 134
  10. ^ Sova, Dawn B. Edgar Allan Poe: A to Z. New York: Checkmark Books, 2001. p. 150. ISBN 081604161X

外部リンク

編集