躰中洋蔵

日本の映画監督

躰中 洋蔵(たいなか ようぞう、1973年8月26日 - )は日本映画監督または助監督京都府出身。本名は躰中洋藏(たいなか ようぞう)。

家族編集

父(へいぞう)、母、姉は二人いる。姉たちからは「ぞう」と呼ばれている。

経歴編集

近畿大学文芸学部卒業のち松竹映画塾ディレクターコースに入学。1994年松竹映画塾卒業して松竹京都撮影所に入社。1995年に上京し、フリー助監督になる。以後、女池充監督、上野俊哉監督、鎌田義孝監督、田尻裕司監督、藤原健一監督、サトウトシキ監督、篠原哲雄監督などに師事し、ピンク映画から、2時間ドラマ、Vシネマ、一般劇場作品など幅広い作品で助監督を務める。Vシネマ「ダンプガール理央」にて、脚本デビュー。ホラードキュメンタリー映画である「THE 衝撃映像」にて監督デビュー。

監督・脚本・助監督作品編集

  • 名前のない女たち (2010年、監督佐藤寿保) - 助監督
  • ダンプガール☆理央 (2011年、監督藤原健一) - 助監督
  • 艶剣客2 くノ一色洗脳 (2011年、監督藤原健一) - 助監督
  • Jukujoトラッカー (2012年) - 監督/脚本
  • ダンプガール優子 (2012年) - 監督/脚本
  • THE 衝撃映像シリーズ (アムモ98、現在1〜5まで販売&レンタル中)
  • グラッフリーター 刀牙(トキ) (2012年、監督藤原健一) - 助監督
  • ピンク・レディ 女はそれを我慢できないッ (2012年、監督上野貴弘) - 助監督
  • 閲覧禁止シリーズ (アムモ98、現在1〜7まで販売&レンタル中) - 監督
  • ネオン蝶 (2013年、監督サトウトシキ) - 助監督
  • ネオン蝶 第二幕 (2013年、監督サトウトシキ) - 助監督
  • 怖っ!最凶動画 (アムモ98)
  • 麻雀アイドル女王決定戦シリーズ (アムモ98、現在第2回まで販売&レンタル中)
  • 女子プロVSアイドル雀士 (アムモ98、現在第1回まで販売&レンタル中)
  • ガチ打ち!脱衣麻雀女王決定戦シリーズ (アムモ98)
  • 本当にあった怨霊・恐怖動画17、18、20、21、22 (ISフィールド)
  • 可愛い悪魔 (2016年、監督佐藤寿保) - 助監督
  • ブラコン!僕と妹のノゾミ (2017年) - 監督
  • BB Shadowy (ミュージックPV)
  • Sea Opening/シー・オープニング (2017年、監督堀内博志) - 助監督
  • single mom 優しい家族。 a sweet family (2018年、監督松本和巳) - 助監督
  • オープン・マリッジ 新しい夫婦生活 (2019年、監督石川二郎) - 助監督
  • エリカ38 (2019年、監督日比遊一) - 助監督
  • 白と黒の同窓会 (2019年) - 監督

エピソード編集

・中学時代はケン玉部に所属。

・某作品の撮影中に急性胃炎にかかる。この件について当時のスタッフがリアルタイムでWikipediaに書き込んだところ、たまたま彼の母親がその内容を目にしwikipedia経由で家族にバレる事態に発展。洋蔵の「(家族に)心配されるの嫌なんで消しといて」との要求に当時のスタッフは「面白いから」と応じなかったが、その後なんと自らWikipediaを編集して本内容を削除するという愚行に走る。以降、このエピソードは度々洋蔵の愚行を受けるため、筆者は消されても速やかに上げ直すというこの世で最も余分と思われる作業を繰り返している。

・とある撮影中、エキストラの看護師役に「スタートから22秒数えたら歩き出して」と独特かつ誤差を恐れない指示を出していた。

・とある撮影中、入院患者エキストラの替わりにベッドに入り、マジ寝をしていた。

・ 2021年5月24日発売の"鬼滅の刃ウエハース3"が現場のお茶場に並んだ際には、竈門禰󠄀豆子のカードを欲しがっていた。

・ハットリくんTシャツを着ながら「おれ、実験くんだから」と言っていた。

・東宝スタジオにスタッフルームがある時は、近くのサイゼリヤによく入り浸る。

・人から「◯◯で見たよ」と頻繁に言われる。本人曰く、世の中に自分に似た人が5~6人存在するらしい。

・自宅ではリンスインシャンプーを使っている。

・ある日撮影の待ち時間にファミリーマートの森永ミルクキャラメルフラッペ(2021年7月17日発売)を飲んだ洋蔵は、他のスタッフとすれ違う度に「キャラメルフラッペ美味い」を繰り返しつぶやき、それを聞いたスタッフ2人から「奢ってね」と約束させられるが、まだ奢っていない。

・LINEのアイコンをよく変える。

・とある照明部さんがUberEatsを頼んだ際に、配達員が洋蔵だった。

・洋蔵が長らく携わった作品の非公式打ち上げに来られなかったとき、その場にいたスタッフは本当に残念そうだった。

外部リンク編集