逢来橋 (富士川)
逢来橋(ほうらいばし)は、静岡県富士市と富士宮市間の富士川に架かる橋である。
逢来橋 | |
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基本情報 | |
国 | 日本 |
所在地 | 静岡県富士市 - 富士宮市 |
交差物件 | 富士川 |
用途 | 道路橋 |
路線名 | 静岡県道76号富士富士宮由比線 |
管理者 | 静岡県 |
施工者 | 日本鋼管・高田機工JV |
開通 | 1999年(平成11年)11月 |
座標 | 北緯35度11分37.9秒 東経138度35分24.1秒 / 北緯35.193861度 東経138.590028度 |
構造諸元 | |
形式 | ニールセンローゼ橋 |
材料 | 鋼 |
全長 | 185.400 m |
幅 | 10.750 m |
高さ | 30.000 m |
最大支間長 | 183.600 m |
関連項目 | |
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 |
概要
編集静岡県道76号富士富士宮由比線にあるアーチ形式(ニールセンローゼ橋[1])の橋で富士川に架かる。また、富士市と富士宮市の市境に位置する。富士川橋と同様、庵原地域と岳南地域を結ぶ橋としての役割をもつ。
諸元
編集歴史
編集初代の橋
編集架橋以前は対岸を結ぶのは渡船にのみで不便を蒙っていたため、1951年(昭和26年)にこの場所に初めての橋として橋長130 m、幅員2.3 mの木製の吊橋が架けられた。しかしながら、この橋は1953年(昭和28年)9月の台風による増水および1954年(昭和29年)に流出し、2代目の橋梁の架橋まで一時的に復活した渡船での行き来を余儀なくされた[3][4]。
2代目の橋
編集1951年(昭和31年)に橋梁整備事業と災害復旧事業の合併施工により永久橋架設に着手され[4]、1959年(昭和34年)6月に2代目の橋となるコンクリート橋が架けられた[3][1]。PC単純桁とRC単純桁を組み合わせた橋長192.6 m、幅員5.5 mの桁橋であった[1]。上部工は高水敷部分はRCT桁にした。また、当初は中央径間を50 mのPC桁2連とする予定だったが、検討の結果35 mのPC桁3連に変更になった。下部工は基礎を中央の2脚を大豊式ケーソンとしたほかは半重力式を採用した[4]。
2代目橋梁の諸元
編集- 形式 - PC単純桁3連+RC単純桁4+2連
- 活荷重 - 2等橋 (TL-14)
- 橋長 - 192.60 m
- 支間割 - 4×14.6 m + 3×35.0 m + 2×14.6 m
- 幅員
- 車道 - 5.50 m
- 歩道 - なし
- 使用コンクリート量 - 685.94 m3
- 施工 - ピー・エス・コンクリート(上部工)・大豊建設(下部工)
3代目の橋
編集2代目の橋の幅員の狭さや老朽化に伴い、1989年(平成元年)から新橋の建設事業が進められ、1999年(平成11年)11月にニールセンローゼ橋の3代目の橋が完成した[3][1]。
周辺
編集- 沼久保地区水辺環境整備
脚注
編集注釈
編集- ^ 現・JFEエンジニアリング
出典
編集- ^ a b c d “蓬莱橋1959-6”. 土木学会附属土木図書館. 橋梁史年表. 土木学会. 2020年9月4日閲覧。
- ^ “橋梁年鑑 平成13年版” (PDF). 日本橋梁建設協会. p. 8, 9, 212, 213. 2020年10月29日閲覧。
- ^ a b c “「写真で見る60年前の富士宮」展 No.11 沼久保逢来橋付近”. 富士宮市. 2020年9月23日閲覧。
- ^ a b c d 高岩虎雄 編『道路橋大鑑』土木界通信社、1961年、346–347頁 。2020年10月29日閲覧。
- ^ a b “富士川下流出張所だより 第5号 ~ 富士宮市沼久保地区水辺の楽校を紹介します。~”. 国土交通省 甲府河川国道事務所 富士川下流出張所. 2020年9月23日閲覧。