里見 明正(さとみ あきまさ、1912年7月26日 - 1974年10月24日)は、埼玉県出身の洋画家浦和画家のひとり。

人物編集

浦和画家の須田剋太と同じく光風会に所属し、浦和市(現・さいたま市南区)の別所沼畔にアトリエを構え、須田のアトリエと隣り合っていた。別所沼対岸(稲荷台)の林倭衛のアトリエにも須田としばしば訪れた。また、寺内萬治郎の門下生が集まる武蔵野会に参加した。新文展に初入選で特選を受賞した。県北美術家協会会長、熊谷市教育委員長などを歴任し、文化の振興にも貢献した。作品は埼玉県立近代美術館に所蔵されている。

経歴編集

  • 1912年(明治45年) - 熊谷町(現・熊谷市)に生まれる。
  • 1931年(昭和6年) - 東京美術学校油画科に進学。
  • 1936年(昭和11年) - 東京美術学校油画科卒業。
  • 1940年(昭和15年) - 28歳、光風会展に「鵜原風景」を出品、入選。
  • 1942年(昭和17年) - 30歳、第五回新文展に「鶏舎」を出品。初入選、特選受賞。
  • 1974年(昭和49年) - 62歳、ガンで死去。

関連項目編集

参考文献編集

  • 埼玉の画家たち さきたま出版会 2000年

外部リンク編集