釣川(つりかわ)は、福岡県宗像市を流れ玄界灘に注ぐ二級河川[1]。藁人形から変化した河童伝説があり「釣川の長太郎河童」のタイトルで、まんが日本昔ばなしで放映された。

釣川
Kawabatai Weir on Tsurikawa River.JPG
福岡県道502号の川端橋付近から上流側
水系 二級水系 釣川
種別 二級河川
延長  16.3 km
平均の流量 -- m³/s
流域面積 101.5 km²
水源 倉久山(福岡県)
水源の標高 223.9 m
河口・合流先 玄界灘(福岡県)
流域 福岡県
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地理編集

釣川は、宗像市南東部にあたる宗像市吉留倉久山(標高223.9m)を水源とし北西に流れ宗像市の中心部を流下し、宗像市神湊で玄界灘に注ぐ、流域面積101.5km2、幹線流路延長16.3km の二級河川である[1]。周辺部には、宗像大社田熊石畑遺跡をはじめ縄文時代弥生時代古墳や遺跡も多く、この川の堆積平野で古代文明が栄えていたことがわかる。また、福岡市博多区板付遺跡も比較的近い事からも、当時の稲作先進地域であったと考えられる。多礼ダム・大井ダム・吉田ダムが建設され、上水道として利用されている。(2013年より北部福岡緊急連絡管から10,000m3/日の水道水供給を受け大井ダムは貯水を停止した。)[1]。 中流部(河口から7km)の赤間駅周辺と河口部の高低差は8mほどであり、過去深い入江の吃水域であったため、中上流部の貝塚では海水産や吃水域に生息する魚介類が出土する。

釣川を遡った先が杖立温泉で、その湯を応神天皇の産湯に使ったとの伝承が杖立温泉に伝わっている。(杖立温泉のはじまりは1800年以上前の仲哀天皇の時代に遡ります。仲哀天皇の御子をみごもっておられた神功皇后が、筑前の宗像で産気づきます。その時現れた白髪の老人が「これより東南に川をさかのぼると霊泉がある。これを汲み産湯に用いれば皇子は千歳の寿を保たれるであろう。」と告げたそう。それを聞いたお付きのものが、険しい山々を越え一筋の湯気を見つけ皇后のもとへ持ち帰り、産湯として奉ったこの霊泉こそが杖立温泉。)

流域の自治体編集

福岡県
宗像市

支流編集

釣川は10の支流を持つ[1]

利水施設編集

脚注編集

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  1. ^ a b c d 釣川水系河川整備基本方針・平成23年3月、福岡県、{{{1}}} (PDF) 、2012年2月4日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集