メインメニューを開く

霊公(れいこう、? - 紀元前599年)は春秋時代の君主(在位前613年 - 前599年)。姓は媯、名は平国。

霊公二年(紀元前612年)、扈でを中心とする諸侯と会合した。四年(紀元前610年)、孔寧を派遣し、晋軍と連合してを攻撃させた。扈で再び諸侯と会合した。六年(紀元前608年)、の攻撃を受け、晋の趙盾の救援を受けた。七年(紀元前607年)、晋の趙盾とともにに侵入した。十年(紀元前604年)、楚と和睦した。

十四年(紀元前600年)、霊公と陳の大夫の孔寧と儀行父夏姫と姦通し、夏姫の下着を着こんで朝廷でふざけあった。大夫の洩冶がその淫奔を諫めた。孔寧らが洩冶の殺害を計画し、霊公がこれを黙認したためそのまま決行された。十五年(紀元前599年)、霊公は孔寧や儀行父とともに夏氏の邸で酒宴を開き、「わが一族の夏徴舒はおまえに似ているぞ」と儀行父に言った。儀行父は「わが君にも似ております」と答えた。夏徴舒は霊公が邸から出るときに厩の陰から矢を放って弑した。孔寧と儀行父は楚に逃亡し、太子の媯午は晋に亡命した。

参考文献編集