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飯田 春教(いいだ しゅんきょう、生没年不詳)は、日本政治家東京府北豊島郡板橋町長、戸長[1]。族籍は東京府平民[2]

人物編集

1889年町村制が施行され、推されて開町第一次の町長に就任した[1]。傑出した才幹を備え、その名を知られた[3]飯田高央は孫[3]。長女のはなは下板橋の質業・瀬田文次郎の妻[2]瀬田醻一の母[4]

脚注編集

  1. ^ a b 『北豊島郡誌』157頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月21日閲覧。
  2. ^ a b 『人事興信録 第6版』せ4-5頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月21日閲覧。
  3. ^ a b 『自治団体之沿革 東京府之部』人文記 自治功績録54頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月21日閲覧。
  4. ^ 『人事興信録 第15版 上』セ2頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年2月22日閲覧。

参考文献編集

  • 北豊島郡農会編『北豊島郡誌』北豊島郡農会、1918年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第6版』人事興信所、1921年。
  • 篠田皇民『自治団体之沿革 東京府之部』東京都民新聞社、1931年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第15版 上』人事興信所、1948年。

外部リンク編集