メインメニューを開く

飯盛神社(いいもりじんじゃ)は、福岡県福岡市西区大字飯盛の飯盛山にある神社である。

飯盛神社(福岡市)
飯盛神社
所在地 福岡県福岡市西区大字飯盛609番地
位置 北緯33度32分18秒
東経130度18分33.8秒
座標: 北緯33度32分18秒 東経130度18分33.8秒
主祭神 伊弉册大神
地図
飯盛神社(福岡市)の位置(福岡市内)
飯盛神社(福岡市)
飯盛神社(福岡市)
テンプレートを表示

祭神編集

東王子、天照皇大神
主神、 伊弉册大神(いざなみおおかみ)
西王子、月読大神

由来編集

「天孫降臨の時、天之太玉命、この地を定めて伊弉册大神、外、二神を祭り、国土開発むすびを給う。神功皇后、三韓を平伏し凱旋の折、当宮の伊弉册大神と相対し、若杉山に伊弉諾大神を斎き給ふ。
文徳天皇の霊夢に依り、清和天皇が貞観元年(859年)七月三日、御託宣、勅使として和気清友、下向し、飯盛山山頂に上宮を建て、伊奘冉尊を祀り、中宮を建て、五十猛命を祀り、下宮を今の地にて祀る」と、下宮の神社脇の石碑にある。

中宮由来編集

「折も五十猛尊は伊奘冉命の御孫様にて、素戔烏尊の御子神に当られます。
古の神代の昔、天津神々の天孫降臨のみぎり、木種を持ち来給う父大神に率いられ、唐国に渡利遍く巡遊し到る処、此を播き植え給いしが、更に我国に還り、筑紫より全国に亘りて植え広め給う。この故に、此の神を有功(いさおし)の神とも申し上げます。
又の名を大屋比古神とも申し、武勇の猛き坐す由の名にて有り給えられます」と中宮の脇の立て看板にある。

考察編集

この「飯盛山」の東側の平野部の「高木、吉武地区」には「弥生時代」の「甕棺墓群」と「倉庫建築の柱跡」が発見された「吉武高木遺跡」がある。いわゆる「三種の神器」がセットとして副葬されていたもっとも古い時代の墓が発見された場所である。

関連事項編集

脚注編集

  1. ^ [1]

外部リンク編集