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香川保忠

香川 保忠(かがわ やすただ、明治5年3月8日[1]1872年4月15日) - 昭和15年(1940年4月13日[2])は、日本の衆議院議員憲政会)、医師

経歴編集

富山県中新川郡西加積村(現在の滑川市)出身[2]1894年(明治27年)に第四高等学校医学部を卒業後、東京帝国大学医科大学選科で学んだ[3]新潟県の小出病院で副院長を務めた後、帰郷して開業した[4]。中新川郡医師会長、同衛生会副会長、富山県医師会長を歴任[4]。さらに西加積村会議員、富山県会議員、同参事会員、同副議長に選ばれた[2][4]

1920年大正9年)、第14回衆議院議員総選挙に出馬し、当選を果たした。

その他、立山鉄道専務取締役、立山製紙株式会社取締役、加積水力電気株式会社取締役、大岩電気株式会社監査役、滑川銀行監査役などを務めた[4]

昭和に入ってからは中新川郡教育会長を務めた[3]

脚注編集

  1. ^ 衆議院『第47回帝国議会衆議院議員名簿』、1923年。
  2. ^ a b c 『衆議院議員略歴』
  3. ^ a b 『富山県中新川郡教育史』p.533
  4. ^ a b c d 『富山県知名人物大鑑』p.81

参考文献編集

  • 『富山県知名人物大鑑』富山県知名人物大鑑発行所、1928年。
  • 『富山県中新川郡教育史』富山県中新川郡教育会、1940年。
  • 『第一回乃至第二十回総選挙 衆議院議員略歴』衆議院事務局、1940年。